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1928年の日本ハナゲ學会第3分科會において瓢箪屋蓑吉氏が発表した「傳説の白ハナゲと黑ハナゲの脱色化の判別に關する文化論的一考察 ―ルウブル美術館をくまなく回ろうとして挫折したフレデリツク勅使河原氏の手記を中心に―」を再読したり、検証したりするBLOGではないことは確かなことです。ええ!確かなことですとも!
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◈Nicolò Paganini: Violin Concerto No.1 in D major, op.6
Zino Francescatti (Vn)
The Philadelphia Orchestra / Eugene Ormandy
(Rec. 15 January 1950, Philadelphia)
◈Camille Saint-Saëns: Violin Concerto No.3 in B major, op.61
Zino Francescatti (Vn)
New York Philharmonic / Dimitri Mitropoulos
(Rec. 23 January 1950, New York)



ジノ・フランチェスカッティ(Zino Francescatti, 1902-1991)は、フランスのヴァイオリニストです。
フランチェスカッティの父フォルトゥナートは、カミーロ・シヴォリ門下のヴァイオリン教師として知られており、フランス出身の母エルネスタは、フォルトゥナートの弟子でした。フランチェスカッティは、主にこの両親からヴァイオリンを習っており、父の教えに従ってマルセイユ音楽院で和声法と対位法を学んだほかは、特に音楽学校には通っていません。父の死後は、パリでジャック・ティボーに私淑し、1930年にソリストとして一人立ちしています。

フランチェスカッティの父親がカミーロ・シヴォリの弟子だということは先に書いたとおりですが、このシヴォリは、ニコロ・パガニーニ(Nicolò Paganini, 1782-1840)の唯一の弟子として知られています。それゆえ、フランチェスカッティは、パガニーニの直系のヴァイオリニストと目されていました。
本CDに収録されているパガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番は、フランチェスカッティが望む望まざるに関わらず、「パガニーニの曾孫弟子の演奏」という曰くつきのレパートリーとなります。
ユージン・オーマンディ(Eugene Ormandy, 1899-1985)指揮するフィラデルフィア管弦楽団をバックに演奏した本録音は、そんなわけで、今日でも有名な録音です。ただ、フランチェスカッティ自身は、パガニーニ作品の演奏のスペシャリストとみられることを避けていた節があり、パガニーニの協奏曲は、この第1番のみしか録音せず、ステレオ方式の録音技術が開発されてからも再録音しませんでした。

フランチェスカッティは、その演奏成果から、完全実現できなかった高邁な目標を聴き手に忖度させるという類の演奏スタイルを取らず、合理的な演奏設計を立てて、それを余すところなく実現してみせることに重きを置いていました。このパガニーニの協奏曲でも、第1楽章で大見得を切り、第2楽章で聴き手のテンションをクールダウンさせ、第3楽章を軽く仕上げて後味を引きずらないようにするという演奏設計の下で、卓越した技術を惜しげもなく開陳しております。
迷いやふらつきの一切ない堂々たる弓さばきや、自信に裏打ちされているような強靭な音色で奏でられるフランチェスカッティのパガニーニの作品演奏は、それゆえに他を寄せ付けない説得力と、盤石の安定感を持っています。テンポの緩急を自在につけながら、細かく装飾的なパッセージの一音一音が輝かしく鳴り切っている演奏というのは、今日においても驚異的です。
オーマンディ指揮するフィラデルフィア管弦楽団の伴奏は、簡素ながら、フランチェスカッティの伸縮自在のテンポに、阿吽の呼吸で合わせています。元々オーマンディは、本名をイェネー・ブラウといい、ハンガリー出身の天才ヴァイオリニストとして名を馳せた人でした。アメリカの演奏旅行で詐欺にあって無一文になったことから、紆余曲折を経て指揮者として活躍するようになりましたが、元々ソリストとしての素質に恵まれた人だったので、共演のソリストの間合いを先読みして、ピッタリと合わせることが出来たのでした。

ただ、敢えてケチをつけるとすれば、フランチェスカッティの名人芸をクローズアップさせるために、パガニーニ本来のオーケストラの総奏部分が大幅に削られているという点を挙げることが出来るでしょう。
最近でこそ、原典に忠実な演奏が当たり前になっていましたが、この録音が行われていたころは、ソリスト重視の観点から、、勝手に省略されることが多かったということです。原典墨守の観点からは、この演奏はあまり歓迎されませんが、かつてどのようにパガニーニの作品が取り扱われていたかという、時代の証言の一つとしての意義があります。

カミーユ・サン=サーンス(Camille Saint-Saëns, 1835-1921)のヴァイオリン協奏曲第3番は、1880年に、パブロ・デ・サラサーテのために書かれた作品。1850年代末に作った2曲のヴァイオリン協奏曲は、技巧的にこだわり抜いた難曲でしたが、本作品では、技巧的なソロとオーケストラの均衡のよく取れた作品として、広く愛されています。
3楽章形式の協奏曲ですが、第2楽章など、超絶技巧の自慢だけでは途方に暮れてしまう個所もあり、ソリストとしてヴァイオリンを美しく鳴らす魅力の有無が問われます。

本CDでは、フランチェスカッティがディミトリ・ミトロプーロス(Dimitri Mitropoulos, 1896-1960)の指揮するニューヨーク・フィルハーモニックとスタジオ録音したものが収録されています。
ミトロプーロスの名前は、本来はギリシャ人なので「ディミトリス」(Dimitris)ですが、アメリカ市民権を取得して聴かしているので、慣習的に「ディミトリ」が使われます。
ミトロプーロスは、かのレナード・バーンスタインの前任者として、1949年からニューヨーク・フィルハーモニック(当時は「ニューヨーク・フィルハーモニック交響楽団」を名乗っていた)の首席指揮者を務めており、本CDに収録されている録音は、彼が当楽団の首席指揮者に就任した初期の録音ということになります。

ミトロプーロスは、オーケストラをダイナミックに鳴らすだけでなく、しっかりとした拍節感も持ち合わせているので、気まぐれに流れがちな作品のフォルムをギュッと引き締め、力感のある伴奏を実現しています。フランチェスカッティの根明な音色との適性は高く、全体的に爽快な印象を残します。
メリハリがよく効いており、抜群の推進力でサクサクと曲を進行させるので、作品を格好良く聴かせるという点では、申し分のない演奏になっています。第2楽章のリリック・テノールのアリアようなたっぷりとした歌い口は、モノラル録音をハンディキャップと見なしても、十分魅力的な演奏だろうと思います。

作品を格好よく演奏するという点にかけては、フランチェスカッティの演奏は、ミトロプーロスの指揮ともども非の打ちどころがありません。ただ、演奏設計を計画通りに実現しているような準備の周到さを感じるものの、その計画を上回る才気や情熱のようなものはあまり感じ取れません。聴き方によっては、スムーズにいきすぎて、事務的に感じられるかもしれません。

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