1928年の日本ハナゲ學会第3分科會において瓢箪屋蓑吉氏が発表した「傳説の白ハナゲと黑ハナゲの脱色化の判別に關する文化論的一考察 ―ルウブル美術館をくまなく回ろうとして挫折したフレデリツク勅使河原氏の手記を中心に―」を再読したり、検証したりするBLOGではないことは確かなことです。ええ!確かなことですとも!
◈Paul Dukas: L'Apprenti sorcier
◈Emmanuel Chabrier: España
◈Claude Debussy: Prélude à l'après-midi d'un faune
◈Maurice Ravel: Borélo
◈Camille Saint-Saëns: Danse Macabre
Orchestre de l'Assosiation des concerts Colonne / Pierre Dervaux
(Rec. 12 May 1960, Salle Wagram, Paris)
フランスの指揮者であるピエール・デルヴォー(Pierre Dervaux, 1917-1992)が手兵のコロンヌ管弦楽団を率いて録音したフランスの管弦楽名曲集です。
デルヴォーの父親はコロンヌ管弦楽団のトロンボーン奏者だったということもあり、デルヴォーとの縁は浅からぬものがありました。シャルル・ミュンシュの後を継いで1958年にこのオーケストラの首席指揮者に就任したとき、彼の感慨は如何程のものだったでしょうか。彼はパリ・オペラ座やロレーヌ・フィルハーモニー管弦楽団、ニース・フィルハーモニー管弦楽団などの首席指揮者として活動しましたが、亡くなるまでコロンヌ管弦楽団の首席指揮者のポストから離れることは無かったといいます。
この録音は、そんなコロンヌ管弦楽団のポストに就任してから間もない頃の録音です。
それぞれのパートが曲者ぞろいといった感じのオーケストラで、まずアンサンブルありきではなく、それぞれの自己主張が寄り集まり、結果としてアンサンブルが成立しているという面白さがあります。
ポール・デュカス(Paul Dukas, 1865-1935)の《魔法使いの弟子》からして、それぞれのパートが思い思いの音を奏で、それぞれのパートをお互いに刺激しあうようなエキサイティングな演奏を展開しています。
エマニュエル・シャブリエ(Emmanuel Chabrier, 1841-1894)の狂詩曲《スペイン》でも、雑然としているようでいて、偶然を装った絶妙なアンサンブルを聴かせ、この曲の沸き立つような雰囲気を見事に掬い取っています。
クロード・ドビュッシー(Claude Debussy, 1862-1918)の《牧神の午後のための前奏曲》ではこのオーケストラの多彩な音色が、彼らの危なっかしいアンサンブルで楽しめます。個々のプレイヤーに耳をそばだてると、妖しさ満点でどこか頼りないのですが、総合的には曲想にピッタリはまり、とても美しい演奏に仕上がっているわけです。
モーリス・ラヴェル(Maurice Ravel, 1875-1937)のボレロにおいても、各奏者の華やかだけれど重くない演奏が楽しめます。クライマックスの築き方も、計画的に盛り上げるというよりは、演奏しているうちに血が滾ってくるような感じです。また、ここでのデルヴォーは、クライマックスで微妙なタメを作ってめまいのような効果を作り出しています。生焼けのようでいて、しっかり中まで火の通っているようなジューシーなステーキを連想させる演奏でした。
最後のカミーユ・サン=サーンス(Camille Saint-Saëns, 1835-1921)の《死の舞踏》は、大泉滉のような性格俳優ぶりを発揮するソロ・ヴァイオリンと、どこか無機的な響きのするシンバルの音がエキゾティックな味わいを味わいを醸し出し、独特な演奏になっています。デルヴォーもオーケストラを崩壊寸前まで煽っており、この作品から創造されるオカルトとは違ったスリルが楽しめます。
デルヴォーの父親はコロンヌ管弦楽団のトロンボーン奏者だったということもあり、デルヴォーとの縁は浅からぬものがありました。シャルル・ミュンシュの後を継いで1958年にこのオーケストラの首席指揮者に就任したとき、彼の感慨は如何程のものだったでしょうか。彼はパリ・オペラ座やロレーヌ・フィルハーモニー管弦楽団、ニース・フィルハーモニー管弦楽団などの首席指揮者として活動しましたが、亡くなるまでコロンヌ管弦楽団の首席指揮者のポストから離れることは無かったといいます。
この録音は、そんなコロンヌ管弦楽団のポストに就任してから間もない頃の録音です。
それぞれのパートが曲者ぞろいといった感じのオーケストラで、まずアンサンブルありきではなく、それぞれの自己主張が寄り集まり、結果としてアンサンブルが成立しているという面白さがあります。
ポール・デュカス(Paul Dukas, 1865-1935)の《魔法使いの弟子》からして、それぞれのパートが思い思いの音を奏で、それぞれのパートをお互いに刺激しあうようなエキサイティングな演奏を展開しています。
エマニュエル・シャブリエ(Emmanuel Chabrier, 1841-1894)の狂詩曲《スペイン》でも、雑然としているようでいて、偶然を装った絶妙なアンサンブルを聴かせ、この曲の沸き立つような雰囲気を見事に掬い取っています。
クロード・ドビュッシー(Claude Debussy, 1862-1918)の《牧神の午後のための前奏曲》ではこのオーケストラの多彩な音色が、彼らの危なっかしいアンサンブルで楽しめます。個々のプレイヤーに耳をそばだてると、妖しさ満点でどこか頼りないのですが、総合的には曲想にピッタリはまり、とても美しい演奏に仕上がっているわけです。
モーリス・ラヴェル(Maurice Ravel, 1875-1937)のボレロにおいても、各奏者の華やかだけれど重くない演奏が楽しめます。クライマックスの築き方も、計画的に盛り上げるというよりは、演奏しているうちに血が滾ってくるような感じです。また、ここでのデルヴォーは、クライマックスで微妙なタメを作ってめまいのような効果を作り出しています。生焼けのようでいて、しっかり中まで火の通っているようなジューシーなステーキを連想させる演奏でした。
最後のカミーユ・サン=サーンス(Camille Saint-Saëns, 1835-1921)の《死の舞踏》は、大泉滉のような性格俳優ぶりを発揮するソロ・ヴァイオリンと、どこか無機的な響きのするシンバルの音がエキゾティックな味わいを味わいを醸し出し、独特な演奏になっています。デルヴォーもオーケストラを崩壊寸前まで煽っており、この作品から創造されるオカルトとは違ったスリルが楽しめます。
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