1928年の日本ハナゲ學会第3分科會において瓢箪屋蓑吉氏が発表した「傳説の白ハナゲと黑ハナゲの脱色化の判別に關する文化論的一考察 ―ルウブル美術館をくまなく回ろうとして挫折したフレデリツク勅使河原氏の手記を中心に―」を再読したり、検証したりするBLOGではないことは確かなことです。ええ!確かなことですとも!
◈Ludwig van Beethoven: Symphony No.5 in C minor, op. 67
Orchestra / Gunther Schuller
(Rec. 16-17 September 1995, Manhattan School of Music, Myres Recording Studio)
◈Johannes Brahms: Symphony No.1 in C minor, op.68Orchestra / Gunther Schuller
(Rec. 22-23 December 1995, Manhattan School of Music, Myres Recording Studio)
ガンサー・シュラー(Gunther Schuller, 1925-)は、ホルン奏者、指揮者、作曲家、ジャズ研究家、音楽教育家、社会運動家などなど、様々な肩書きを持つ、アメリカ音楽界の大御所です。
このCDのレーベルであるGM Recordingsも、シュラーが自分で経営しているレーベルです。
アメリカの音楽業界で非常に顔の広いシュラーは、このCDを作るにあたって、ニューヨーク・フィルハーモニックやメトロポリタン歌劇場のオーケストラ、はたまたオルフェウス室内管弦楽団やニューヨーク中のフリー・ランスのミュージシャンなどに声をかけ、いわばニューヨークの一流クラスの演奏家を集めたオーケストラを編成して指揮しています。
演目は、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven, 1770-1827)の交響曲第5番と、ヨハネス・ブラームス(Johannes Brahms, 1833-1897)の交響曲第1番です。
ベートーヴェンの交響曲第5番は、ベートーヴェンがこの曲の冒頭の動機について「このように運命は戸を叩く」というコメントを寄せたことを弟子のアントン・シンドラーが伝えており、日本では、そのシンドラーの話に基づいて「運命」というタイトルをつけています。ただ、シンドラーのベートーヴェン伝は虚偽や捏造が多いということが20世紀に入ってから指摘されるようになっており、「運命」のタイトルの元となった逸話の真偽もどこまで信じていいものかわかりません。
1804年から4年の構想を経て完成されたこの曲は、苦悩から歓喜へという、作曲理念のプロトタイプとなり、19世紀の作曲家たちに大きな影響力を持っています。
ブラームスの交響曲第1番は、ベートーヴェンの交響曲に強く影響を受けた作品で、ベートーヴェンの交響曲第5番と同じ調性をとっているのは、偶然の一致ではなく、かなり意図的なもののようです。
ブラームスがこの曲を着想したのは1855年ごろのことでしたが、ベートーヴェンに追従できるくらいの曲を書かなければいけないと言うプレッシャーから20年以上も推敲を重ね、1876年に紆余曲折を経て完成させました。
ただ、初演後も改訂をしており、今日広く演奏されているのは1877年の決定稿です。
ニューヨークの強者プレイヤーを集めて録音したこの演奏は、音楽に対する思い入れ一切抜きにして機能性をクローズアップした演奏になっています。
思わせぶりなテンポの変化やリズムの揺らしはほとんど用いられず、ベートーヴェンの運命の動機など、わざと素っ気無く演奏されています。
ブラームスの交響曲も、そのオーケストレーションから導き出されるコクのあるサウンドは保っているものの、全体的に軽めな印象を受けます。それはまるで、これまで演奏してきた人たちの壮大な演奏が、壮大さを演出してきたに過ぎず、その演出が恣意的なものであるということを暴き出そうとしているかのようです。
リズムを弛緩させることなく、徹底的にアンサンブルを締め上げて整然と演奏するというプロジェクトによって、おそらくは楽譜に書かれたとおりの演奏が、高水準で出来上がりました。
とはいえ、古楽器で演奏されるようなアプローチではなく、フル・オーケストラの力感はしっかり保ちつつ、抜群の機動性でスイスイと進んでいるような演奏です。
表現は実にあっけらかんとしていますが、演奏自体はどのパートもしっかりと弾き込まれていて、全くと言っていいほど瑕疵がありません。
このCDのレーベルであるGM Recordingsも、シュラーが自分で経営しているレーベルです。
アメリカの音楽業界で非常に顔の広いシュラーは、このCDを作るにあたって、ニューヨーク・フィルハーモニックやメトロポリタン歌劇場のオーケストラ、はたまたオルフェウス室内管弦楽団やニューヨーク中のフリー・ランスのミュージシャンなどに声をかけ、いわばニューヨークの一流クラスの演奏家を集めたオーケストラを編成して指揮しています。
演目は、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven, 1770-1827)の交響曲第5番と、ヨハネス・ブラームス(Johannes Brahms, 1833-1897)の交響曲第1番です。
ベートーヴェンの交響曲第5番は、ベートーヴェンがこの曲の冒頭の動機について「このように運命は戸を叩く」というコメントを寄せたことを弟子のアントン・シンドラーが伝えており、日本では、そのシンドラーの話に基づいて「運命」というタイトルをつけています。ただ、シンドラーのベートーヴェン伝は虚偽や捏造が多いということが20世紀に入ってから指摘されるようになっており、「運命」のタイトルの元となった逸話の真偽もどこまで信じていいものかわかりません。
1804年から4年の構想を経て完成されたこの曲は、苦悩から歓喜へという、作曲理念のプロトタイプとなり、19世紀の作曲家たちに大きな影響力を持っています。
ブラームスの交響曲第1番は、ベートーヴェンの交響曲に強く影響を受けた作品で、ベートーヴェンの交響曲第5番と同じ調性をとっているのは、偶然の一致ではなく、かなり意図的なもののようです。
ブラームスがこの曲を着想したのは1855年ごろのことでしたが、ベートーヴェンに追従できるくらいの曲を書かなければいけないと言うプレッシャーから20年以上も推敲を重ね、1876年に紆余曲折を経て完成させました。
ただ、初演後も改訂をしており、今日広く演奏されているのは1877年の決定稿です。
ニューヨークの強者プレイヤーを集めて録音したこの演奏は、音楽に対する思い入れ一切抜きにして機能性をクローズアップした演奏になっています。
思わせぶりなテンポの変化やリズムの揺らしはほとんど用いられず、ベートーヴェンの運命の動機など、わざと素っ気無く演奏されています。
ブラームスの交響曲も、そのオーケストレーションから導き出されるコクのあるサウンドは保っているものの、全体的に軽めな印象を受けます。それはまるで、これまで演奏してきた人たちの壮大な演奏が、壮大さを演出してきたに過ぎず、その演出が恣意的なものであるということを暴き出そうとしているかのようです。
リズムを弛緩させることなく、徹底的にアンサンブルを締め上げて整然と演奏するというプロジェクトによって、おそらくは楽譜に書かれたとおりの演奏が、高水準で出来上がりました。
とはいえ、古楽器で演奏されるようなアプローチではなく、フル・オーケストラの力感はしっかり保ちつつ、抜群の機動性でスイスイと進んでいるような演奏です。
表現は実にあっけらかんとしていますが、演奏自体はどのパートもしっかりと弾き込まれていて、全くと言っていいほど瑕疵がありません。
PR
Comment
コメントの修正にはpasswordが必要です。任意の英数字を入力して下さい。
Clock
ブログ内検索
カウンター
カレンダー
10 | 2024/11 | 12 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | |||||
3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
プロフィール
HN:
(´π`)
性別:
男性
自己紹介:
・・・。
カテゴリー
最新CM
[06/29 (^▽^)]
[06/16 ある晩のヴぇる君。]
[06/07 はじめまして]
[05/30 ある晩のヴぇる君。]
[05/29 ある晩のヴぇる君。]
最新TB
最新記事
(12/22)
(12/20)
(12/13)
(12/12)
(12/11)
アーカイブ
最古記事
(03/17)
(03/18)
(03/19)
(03/20)
(03/21)
地球儀もどき