1928年の日本ハナゲ學会第3分科會において瓢箪屋蓑吉氏が発表した「傳説の白ハナゲと黑ハナゲの脱色化の判別に關する文化論的一考察 ―ルウブル美術館をくまなく回ろうとして挫折したフレデリツク勅使河原氏の手記を中心に―」を再読したり、検証したりするBLOGではないことは確かなことです。ええ!確かなことですとも!
◈Antonín Dvořák: Cello Concerto in B minor, op.104
Miklós Perényi (Vc)
Budapest Festival Orchestra / Ivan Fischer
(Rec. 28-30 December 1987)
◈Paul Hindemith: Cello ConcertoMiklós Perényi (Vc)
Budapest Festival Orchestra / György Lehel
(Rec. 1982?)
チェコ人作曲家のアントニーン・ドヴォルジャーク(Antonín Dvořák, 1841-1904)のチェロ協奏曲と、ドイツ人作曲家mpパウル・ヒンデミット(Paul Hindemith, 1895-1963)のチェロ協奏曲のカップリングです。
ドヴォルジャークは、生涯に2曲のチェロ協奏曲を手掛けています。一方は1865年ごろに手掛けられた、オーケストレーションのされていないイ長調の作品。もう一方は、アメリカ滞在時の1894年から帰国後の1895年にかけて作曲されたロ短調の作品です。ドヴォルジャークのチェロ協奏曲として広く演奏されてきたのは、ロ短調のほうであり、本CDも、ロ短調の作品が演奏されています。
この作品は、チェコ人チェリストのハヌシュ・ヴィハンの依頼を受けて作曲したものですが、作曲に当たっては、アメリカでの同僚だった作曲家のヴィクター・ハーバードの作ったチェロ協奏曲を聴いたことが刺激になったようです。作曲中に届いた、ヨゼフィーナ・フォン・カウニッツ伯爵夫人の危篤の知らせも、作品の成立に影響を残しています。カウニッツ伯爵夫人は、ドヴォルジャークの義姉に当たる人で、ドヴォルジャークの想い人でもありました。ドヴォルジャークの帰国後、カウニッツ伯爵夫人は亡くなり、訃報を受けて、ドヴォルジャークは第3楽章の終結部に手を加えて、決定稿を作り上げました。
初演は、1896年の3月19日に、ロンドン・フィルハーモニック協会の演奏会で、レオ・スターンの独奏と、ドヴォルジャーク自身の指揮で行われています。
ヒンデミットは、チェロ協奏曲を1916年と1940年に作曲していますが、本CDに収録されているのは1940年に作曲された作品。この作品は、グレゴール・ピアティゴルスキーのために作曲され、1941年の2月7日に、ピアティゴルスキーのチェロと、セルゲイ・クーセヴィツキーの指揮するボストン交響楽団の伴奏により、ボストンで初演されました。初演はニューヨークで行われるはずでしたが、リハーサルの際に、使用する楽譜に多くのミス・プリントがあったことから、改めてボストンで仕切り直して初演されることになったのだとか。
作品の外見は、18世紀から19世紀にかけての協奏曲の様式に準拠していますが、調性感覚があるようでないような、ヒンデミットならではのバランス感覚で書かれています。特に第3楽章は、行進曲をパロディにしたような音楽になっており、作曲当時の世界情勢を考えさせられます。この作品は、初演者のピアティゴルスキーはもちろん、エンリコ・マイナルディやポール・トルトゥリエもレパートリーに加えて演奏していました。
本CDは、ドヴォルジャークの作品も、ヒンデミットの作品も、ミクローシュ・ペレーニ(Miklós Perényi, 1948-)がチェロ独奏を担当しています。ペレーニは、ハンガリーのチェリストです。5歳でダーヴィト・ポッパー門下のミクローシュ・ジャムボキに師事し、さらに7歳でフランツ・リスト音楽院に入学を許されてエデ・バンダに師事し、ゾルターン・コダーイの薫陶も受けました。12歳の時にはローマに留学してエンリコ・マイナルディの門下生となり、1963年にブダペストで開催されたパブロ・カザルス国際チェロ・コンクールに出場した際に、カザルスの知己を得て、カザルスからも教えを受けています。
ドヴォルジャークの作品は、イヴァン・フィッシャー(Ivan Fischer, 1951-)の指揮するブダペスト祝祭管弦楽団が伴奏しています。フィッシャーは音楽一家の出身で、兄のアダムとともに、ハンス・スヴァロフスキーに師事しています。ブダペスト祝祭管弦楽団は、フィッシャーがピアニストのゾルターン・コシチュと共に、1983年に旗揚げした団体です。1992年に常設団体として活動を始めましたが、非常設の頃から、厳しいオーディションで団員を選抜するため、高い演奏能力が設立当初から評判になっていました。
ヒンデミットの作品は、ジョルジ・レヘル(György Lehel, 1926-1989)の指揮するブダペスト交響楽団の伴奏です。レヘルは、ラースロー・ショモギに師事した指揮者で、パール・カドシャに作曲法も師事しています。18世紀から同時代の音楽まで、幅広いレパートリーを持った指揮者でしたが、特に20世紀の音楽に強かったといわれています。本CDでは、オーケストラ名が「ブダペスト祝祭管弦楽団」になっていますが、ブダペスト祝祭管弦楽団は、前述のように1983年に設立された団体であり、録音年の1982年には、この名称のオーケストラはなかったことになっています。レヘルは、1950年代からハンガリー放送交響楽団の指揮者陣に加わり、1962年からそこの首席指揮者として活動しました。ハンガリー放送交響楽団は、レコーディングの際には「ブダペスト交響楽団」の名義を使い、レヘルは、このオーケストラと録音するのを常としていました。
本CDの音源は、ハンガリーのフンガロトン・レーベルからライセンスの貸与を受けており、フンガロトンにおいても、レヘルとのヒンデミットの作品の録音は、ブダペスト交響楽団の名義で行われています。
閑話休題。ドヴォルジャークの作品におけるペレーニの演奏は、往年のムスティスラフ・ロストロポーヴィチのように腕力で引っ張るようなスタイルとは異なり、ひたすら美しい音色で作品を磨きあげます。第1楽章の独奏の登場場面から、彼のアプローチの特徴がよく出ていると思います。荒々しさで曲を意図的に盛り上げなくても、作品自体にドヴォルジャークの望郷の念が染み込んでいるということを、ペレーニの演奏は示してくれています。特に第2楽章は、ペレーニのチェロが一音一音磨き抜いた音を奏でているようで、姿勢を崩して聴くのが申し訳なくなるほどの雰囲気があります。第3楽章に入っても、大げさな身振りを一切排し、音量に物を言わせた安直なクライマックスの構築を意図的に避けています。長いコーダに至る抒情的表現は、ペレーニの演奏の真骨頂といえるかもしれません。しかし、ペレーニのチェロは、技術的な拙さゆえにパワフルな表現に傾かないのではなく、高い技量を、全て節制の効いた表現に還元しているところに妙味があります。実際、不明瞭なパッセージは、このCDではどこにもありません。
ブダペスト祝祭管弦楽団も、ペレーニの芸風に合わせ、音のダイナミズムよりも透明度を重視した音楽づくりで、ドヴォルザークのこの曲から静謐さを引き出そうとしています。
ヒンデミットの作品は、メリハリの利いたレヘルの伴奏が楽しい演奏です。ヒンデミットならではのガチャガチャした感じを、高レベルなアンサンブルで再現すると、それぞれの音が組み木細工のように、無駄なく敷き詰められていることがよく分かります。両端楽章におけるオーケストラは、まるで竹を割ったような、根拠のない自身に満ち溢れたエネルギッシュな表現を貫いていますが、そのアンチテーゼとしてペレーニのチェロが思索し、もがき苦しむような音楽を奏でます。こうした表現によって、オーケストラが「合理」という抑圧装置になり、その装置から逃れようとする「非合理」としての人間性が活写されることになります。第2楽章は、ペレーニのチェロが主体になりますが、モノローグに耽るチェロの独奏と、チェロに随行するそぶりを見せながら、チェロのモノローグを引っ掻き回そうとするオーケストラの構図が上手く捉えられています。オーケストラとチェロによるコミカルさとシリアスさの相克を描き出すことによって、あっけらかんとした即物的な音楽として片付けられがちなヒンデミットの音楽に、複雑な味わいを加えています。
ドヴォルジャークは、生涯に2曲のチェロ協奏曲を手掛けています。一方は1865年ごろに手掛けられた、オーケストレーションのされていないイ長調の作品。もう一方は、アメリカ滞在時の1894年から帰国後の1895年にかけて作曲されたロ短調の作品です。ドヴォルジャークのチェロ協奏曲として広く演奏されてきたのは、ロ短調のほうであり、本CDも、ロ短調の作品が演奏されています。
この作品は、チェコ人チェリストのハヌシュ・ヴィハンの依頼を受けて作曲したものですが、作曲に当たっては、アメリカでの同僚だった作曲家のヴィクター・ハーバードの作ったチェロ協奏曲を聴いたことが刺激になったようです。作曲中に届いた、ヨゼフィーナ・フォン・カウニッツ伯爵夫人の危篤の知らせも、作品の成立に影響を残しています。カウニッツ伯爵夫人は、ドヴォルジャークの義姉に当たる人で、ドヴォルジャークの想い人でもありました。ドヴォルジャークの帰国後、カウニッツ伯爵夫人は亡くなり、訃報を受けて、ドヴォルジャークは第3楽章の終結部に手を加えて、決定稿を作り上げました。
初演は、1896年の3月19日に、ロンドン・フィルハーモニック協会の演奏会で、レオ・スターンの独奏と、ドヴォルジャーク自身の指揮で行われています。
ヒンデミットは、チェロ協奏曲を1916年と1940年に作曲していますが、本CDに収録されているのは1940年に作曲された作品。この作品は、グレゴール・ピアティゴルスキーのために作曲され、1941年の2月7日に、ピアティゴルスキーのチェロと、セルゲイ・クーセヴィツキーの指揮するボストン交響楽団の伴奏により、ボストンで初演されました。初演はニューヨークで行われるはずでしたが、リハーサルの際に、使用する楽譜に多くのミス・プリントがあったことから、改めてボストンで仕切り直して初演されることになったのだとか。
作品の外見は、18世紀から19世紀にかけての協奏曲の様式に準拠していますが、調性感覚があるようでないような、ヒンデミットならではのバランス感覚で書かれています。特に第3楽章は、行進曲をパロディにしたような音楽になっており、作曲当時の世界情勢を考えさせられます。この作品は、初演者のピアティゴルスキーはもちろん、エンリコ・マイナルディやポール・トルトゥリエもレパートリーに加えて演奏していました。
本CDは、ドヴォルジャークの作品も、ヒンデミットの作品も、ミクローシュ・ペレーニ(Miklós Perényi, 1948-)がチェロ独奏を担当しています。ペレーニは、ハンガリーのチェリストです。5歳でダーヴィト・ポッパー門下のミクローシュ・ジャムボキに師事し、さらに7歳でフランツ・リスト音楽院に入学を許されてエデ・バンダに師事し、ゾルターン・コダーイの薫陶も受けました。12歳の時にはローマに留学してエンリコ・マイナルディの門下生となり、1963年にブダペストで開催されたパブロ・カザルス国際チェロ・コンクールに出場した際に、カザルスの知己を得て、カザルスからも教えを受けています。
ドヴォルジャークの作品は、イヴァン・フィッシャー(Ivan Fischer, 1951-)の指揮するブダペスト祝祭管弦楽団が伴奏しています。フィッシャーは音楽一家の出身で、兄のアダムとともに、ハンス・スヴァロフスキーに師事しています。ブダペスト祝祭管弦楽団は、フィッシャーがピアニストのゾルターン・コシチュと共に、1983年に旗揚げした団体です。1992年に常設団体として活動を始めましたが、非常設の頃から、厳しいオーディションで団員を選抜するため、高い演奏能力が設立当初から評判になっていました。
ヒンデミットの作品は、ジョルジ・レヘル(György Lehel, 1926-1989)の指揮するブダペスト交響楽団の伴奏です。レヘルは、ラースロー・ショモギに師事した指揮者で、パール・カドシャに作曲法も師事しています。18世紀から同時代の音楽まで、幅広いレパートリーを持った指揮者でしたが、特に20世紀の音楽に強かったといわれています。本CDでは、オーケストラ名が「ブダペスト祝祭管弦楽団」になっていますが、ブダペスト祝祭管弦楽団は、前述のように1983年に設立された団体であり、録音年の1982年には、この名称のオーケストラはなかったことになっています。レヘルは、1950年代からハンガリー放送交響楽団の指揮者陣に加わり、1962年からそこの首席指揮者として活動しました。ハンガリー放送交響楽団は、レコーディングの際には「ブダペスト交響楽団」の名義を使い、レヘルは、このオーケストラと録音するのを常としていました。
本CDの音源は、ハンガリーのフンガロトン・レーベルからライセンスの貸与を受けており、フンガロトンにおいても、レヘルとのヒンデミットの作品の録音は、ブダペスト交響楽団の名義で行われています。
閑話休題。ドヴォルジャークの作品におけるペレーニの演奏は、往年のムスティスラフ・ロストロポーヴィチのように腕力で引っ張るようなスタイルとは異なり、ひたすら美しい音色で作品を磨きあげます。第1楽章の独奏の登場場面から、彼のアプローチの特徴がよく出ていると思います。荒々しさで曲を意図的に盛り上げなくても、作品自体にドヴォルジャークの望郷の念が染み込んでいるということを、ペレーニの演奏は示してくれています。特に第2楽章は、ペレーニのチェロが一音一音磨き抜いた音を奏でているようで、姿勢を崩して聴くのが申し訳なくなるほどの雰囲気があります。第3楽章に入っても、大げさな身振りを一切排し、音量に物を言わせた安直なクライマックスの構築を意図的に避けています。長いコーダに至る抒情的表現は、ペレーニの演奏の真骨頂といえるかもしれません。しかし、ペレーニのチェロは、技術的な拙さゆえにパワフルな表現に傾かないのではなく、高い技量を、全て節制の効いた表現に還元しているところに妙味があります。実際、不明瞭なパッセージは、このCDではどこにもありません。
ブダペスト祝祭管弦楽団も、ペレーニの芸風に合わせ、音のダイナミズムよりも透明度を重視した音楽づくりで、ドヴォルザークのこの曲から静謐さを引き出そうとしています。
ヒンデミットの作品は、メリハリの利いたレヘルの伴奏が楽しい演奏です。ヒンデミットならではのガチャガチャした感じを、高レベルなアンサンブルで再現すると、それぞれの音が組み木細工のように、無駄なく敷き詰められていることがよく分かります。両端楽章におけるオーケストラは、まるで竹を割ったような、根拠のない自身に満ち溢れたエネルギッシュな表現を貫いていますが、そのアンチテーゼとしてペレーニのチェロが思索し、もがき苦しむような音楽を奏でます。こうした表現によって、オーケストラが「合理」という抑圧装置になり、その装置から逃れようとする「非合理」としての人間性が活写されることになります。第2楽章は、ペレーニのチェロが主体になりますが、モノローグに耽るチェロの独奏と、チェロに随行するそぶりを見せながら、チェロのモノローグを引っ掻き回そうとするオーケストラの構図が上手く捉えられています。オーケストラとチェロによるコミカルさとシリアスさの相克を描き出すことによって、あっけらかんとした即物的な音楽として片付けられがちなヒンデミットの音楽に、複雑な味わいを加えています。
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