1928年の日本ハナゲ學会第3分科會において瓢箪屋蓑吉氏が発表した「傳説の白ハナゲと黑ハナゲの脱色化の判別に關する文化論的一考察 ―ルウブル美術館をくまなく回ろうとして挫折したフレデリツク勅使河原氏の手記を中心に―」を再読したり、検証したりするBLOGではないことは確かなことです。ええ!確かなことですとも!
◈Ludwig van Beethoven: Piano Sonata No.8 in C minor, op.13 "Pathétique"
William Murdoch (Pf)
(Rec. 1926)
◈Ludwig van Beethoven: Piano Sonata No.23 in F minor, op.57 "Appassionata"William Murdoch (Pf)
(Rec. 1927)
◈Ludwig van Beethoven: Piano Trio in B flat major, op.13 "Arcduke"Albert Sammons (Vn)
William Henry Squire (Vc)
William Murdoch (Pf)
William Henry Squire (Vc)
William Murdoch (Pf)
(Rec. 1926)
ウィリアム・マードック(William Murdoch, 1888-1942)は、オーストラリア出身のピアニストです。
メルボルン大学で学んだ後、18歳で単身ロンドンの王立音楽院に入学したマードックですが、彼の師匠が誰だったのかはよくわかっていません。
マードックの名前は、イギリス人ヴァイオリニストであるアルバート・サモンズ(William Murdoch, 1886-1957)の室内楽の相方としてその名をとどめていますが、イギリスのコロムビア・レコード社の看板アーティストとして、第二次世界大戦前は録音をかなり残していたようです。
本CDは、マードックの弾くルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven, 1770-1827)のピアノ・ソナタ2曲とピアノ三重奏曲《大公》が収録されていますが、おそらくマードックに焦点を当てたCDは、今のところ、このCDくらいしかないのかもしれません。
「悲愴」(Pathétique)というタイトルで知られるピアノ・ソナタ第8番は、1798年に作られた作品です。タイトルはベートーヴェン自身が考えてつけました。「悲愴」という言葉は、それ自体「悲しくてつらい」という意味があり、第1楽章冒頭の雰囲気を端的に言い当てています。また、原語の"Pathétique"という言葉には、「感動的」という意味もあります。ベートーヴェンにしてみれば、彼がコレまでに作った作品の中でも特に表現主義の傾向が強い作品であることを示したかったが故の命名なのかも知れません。
第1楽章で痛ましい気持ちを吐露した後、第2楽章ではゆったりとしたメロディで第1楽章の感情を慰めます。第3楽章は、第1楽章とは別の側面で悲しみを表現しますが、コレまでに出てきたモチーフが顔をのぞかせるあたり、全曲の統一感を与えるのに一役買っています。
この曲の第2楽章は、特に有名で、いろんな人がアレンジしたり、歌詞をつけたりして歌っています。
「熱情」(Appassionata)というタイトルで知られる第23番のソナタは、1805年までに作曲され、1807年になって出版された作品です。この「熱情」という表題は、ベートーヴェンの考案によるものではなく、この楽譜を販売したクランツという出版社が考案したものだとか。
先に述べた《悲愴》ソナタと、第14番の《月光》ソナタとともに、ベートーヴェンの三大ピアノ・ソナタとして広く愛されている作品です。
第1楽章と第3楽章の迫力ある音楽と第2楽章の平穏で安らぎに満ちた音楽のコントラストがよく効いているため、程よい緊張感で聴くことのできる作品として人気があります。このころのベートーヴェンは、交響曲第5番を書き上げており、シンプルな楽想を自在に展開する卓抜な作曲の技法に磨きをかけていた頃にあたります。
ドラマチックな演奏効果の期待できる作品なため、ほとんどのピアニストがこの曲をレパートリーに加えています。
マードックの演奏は、非常に淡々としており、やり過ぎなドラマ性の追求を巧みに避けています。技術的にも申し分なく、《熱情》ソナタの第1楽章など、何の苦もなく弾いています。しかし、ただ指回りのよさを自慢するのではなく、作品の要求するダイナミズムを的確に弾き分けているため、そのアッサリとした印象が退屈さにつながることがありません。軽いフットワークを見せながらも、軽薄さに繋がらないところが、マードックのしたたかな至芸といえるでしょう。
本CDの最後に収録されているのは、サモンズとウィリアム・ヘンリー・スクワイアー(William Henry Squire, 1871-1963)を加えた《大公》トリオです。
この「大公」というネーミングは、ベートーヴェン自身がつけたものではありませんが、ルドルフ大公ことルドルフ・ヨハネス・フォン・エスターライヒに献呈されたピアノ三重奏曲であるため、この名前がついています。ルドルフ大公は、神聖ローマ皇帝の16人の子女の末っ子で、オルミュッツ(現:オモロウツ)の大司教になった人でした。ベートーヴェンは、ルドルフ大公にピアノと作曲を教えており、この作品をはじめ、色々な作品をルドルフ大公に献呈しています。
1811年に作曲されたこの曲は、1814年に、ウィーンの「ローマ皇帝」というホテルでベートーヴェンのピアノ演奏とイグナーツ・シュパンツィヒのヴァイオリン、ヨーゼフ・リンケのチェロで初演されましたが、耳の病の深刻化していたベートーヴェンのピアノが音量のコントロールをできず、散々な演奏になってしまったとのこと。このため、以後、ベートーヴェンはピアニストとしての活動を停止することになりました。
本CDでヴァイオリンを担当するサモンズは、ロンドンっ子たちに「俺たちのアルバート」と言われ、とても愛されたヴァイオリニストでした。彼は、ほぼ独学でヴァイオリンを習得し、トーマス・ビーチャムに認められてヴァイオリニストとしてのキャリアを花開かせています。サモンズはロンドンの王立音楽院の教授も務め、後進の指導に熱心に当たり、『ヴァイオリンの技法の秘密』という、ヴァイオリン教本の名著を残しています。
スクワイアーは、ヘンリー・ウッドが組織したクィーンズ・ホール管弦楽団の首席チェロ奏者で、作曲家としての活躍した経歴を持っています。今日では、ガブリエル・フォーレのチェロとピアノのためのシシリエンヌの被献呈者として名を残していますが、生前はイギリスを代表するチェリストの一人でした。サモンズやマードックらとよく室内楽を演奏していましたが、本CDの演奏は、その往時を偲ぶのに好適な音源といえるでしょう。
三者とも、過度な思い入れを廃し、スマートな弾きっぷりで直截的に曲の美しさを引き出しています。
第1楽章の悠然とした主題のピアノと弦楽の受け渡しも勿体振ったところがなく、美しいメロディをスッキリと歌わせています。
第2楽章のスケルツォも、技術的な難点は全くなく、余計な表情付けを施さないことで、逆に晴朗で楽しい音楽を奏でています。
第3楽章も、弦楽器がしっとりと歌いながら、全くしつこくならず、録音状態が良ければ現代にも通じるスタイリッシュさがあります。
第4楽章も快活ながら、それぞれのパートがうまくブレンドされており、和気藹々としたアンサンブルの魅力をさりげなく伝えてくれます。
強烈な個性のぶつかり合いによるスリリングな演奏を好む人には、少々物足りないかもしれませんが、サモンズとスクワイアーとマードックのトリオは、しっかりと勘所を掴みながらスムーズに演奏しており、アンサンブルの理想的な形の一典型を体現しています。
メルボルン大学で学んだ後、18歳で単身ロンドンの王立音楽院に入学したマードックですが、彼の師匠が誰だったのかはよくわかっていません。
マードックの名前は、イギリス人ヴァイオリニストであるアルバート・サモンズ(William Murdoch, 1886-1957)の室内楽の相方としてその名をとどめていますが、イギリスのコロムビア・レコード社の看板アーティストとして、第二次世界大戦前は録音をかなり残していたようです。
本CDは、マードックの弾くルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven, 1770-1827)のピアノ・ソナタ2曲とピアノ三重奏曲《大公》が収録されていますが、おそらくマードックに焦点を当てたCDは、今のところ、このCDくらいしかないのかもしれません。
「悲愴」(Pathétique)というタイトルで知られるピアノ・ソナタ第8番は、1798年に作られた作品です。タイトルはベートーヴェン自身が考えてつけました。「悲愴」という言葉は、それ自体「悲しくてつらい」という意味があり、第1楽章冒頭の雰囲気を端的に言い当てています。また、原語の"Pathétique"という言葉には、「感動的」という意味もあります。ベートーヴェンにしてみれば、彼がコレまでに作った作品の中でも特に表現主義の傾向が強い作品であることを示したかったが故の命名なのかも知れません。
第1楽章で痛ましい気持ちを吐露した後、第2楽章ではゆったりとしたメロディで第1楽章の感情を慰めます。第3楽章は、第1楽章とは別の側面で悲しみを表現しますが、コレまでに出てきたモチーフが顔をのぞかせるあたり、全曲の統一感を与えるのに一役買っています。
この曲の第2楽章は、特に有名で、いろんな人がアレンジしたり、歌詞をつけたりして歌っています。
「熱情」(Appassionata)というタイトルで知られる第23番のソナタは、1805年までに作曲され、1807年になって出版された作品です。この「熱情」という表題は、ベートーヴェンの考案によるものではなく、この楽譜を販売したクランツという出版社が考案したものだとか。
先に述べた《悲愴》ソナタと、第14番の《月光》ソナタとともに、ベートーヴェンの三大ピアノ・ソナタとして広く愛されている作品です。
第1楽章と第3楽章の迫力ある音楽と第2楽章の平穏で安らぎに満ちた音楽のコントラストがよく効いているため、程よい緊張感で聴くことのできる作品として人気があります。このころのベートーヴェンは、交響曲第5番を書き上げており、シンプルな楽想を自在に展開する卓抜な作曲の技法に磨きをかけていた頃にあたります。
ドラマチックな演奏効果の期待できる作品なため、ほとんどのピアニストがこの曲をレパートリーに加えています。
マードックの演奏は、非常に淡々としており、やり過ぎなドラマ性の追求を巧みに避けています。技術的にも申し分なく、《熱情》ソナタの第1楽章など、何の苦もなく弾いています。しかし、ただ指回りのよさを自慢するのではなく、作品の要求するダイナミズムを的確に弾き分けているため、そのアッサリとした印象が退屈さにつながることがありません。軽いフットワークを見せながらも、軽薄さに繋がらないところが、マードックのしたたかな至芸といえるでしょう。
本CDの最後に収録されているのは、サモンズとウィリアム・ヘンリー・スクワイアー(William Henry Squire, 1871-1963)を加えた《大公》トリオです。
この「大公」というネーミングは、ベートーヴェン自身がつけたものではありませんが、ルドルフ大公ことルドルフ・ヨハネス・フォン・エスターライヒに献呈されたピアノ三重奏曲であるため、この名前がついています。ルドルフ大公は、神聖ローマ皇帝の16人の子女の末っ子で、オルミュッツ(現:オモロウツ)の大司教になった人でした。ベートーヴェンは、ルドルフ大公にピアノと作曲を教えており、この作品をはじめ、色々な作品をルドルフ大公に献呈しています。
1811年に作曲されたこの曲は、1814年に、ウィーンの「ローマ皇帝」というホテルでベートーヴェンのピアノ演奏とイグナーツ・シュパンツィヒのヴァイオリン、ヨーゼフ・リンケのチェロで初演されましたが、耳の病の深刻化していたベートーヴェンのピアノが音量のコントロールをできず、散々な演奏になってしまったとのこと。このため、以後、ベートーヴェンはピアニストとしての活動を停止することになりました。
本CDでヴァイオリンを担当するサモンズは、ロンドンっ子たちに「俺たちのアルバート」と言われ、とても愛されたヴァイオリニストでした。彼は、ほぼ独学でヴァイオリンを習得し、トーマス・ビーチャムに認められてヴァイオリニストとしてのキャリアを花開かせています。サモンズはロンドンの王立音楽院の教授も務め、後進の指導に熱心に当たり、『ヴァイオリンの技法の秘密』という、ヴァイオリン教本の名著を残しています。
スクワイアーは、ヘンリー・ウッドが組織したクィーンズ・ホール管弦楽団の首席チェロ奏者で、作曲家としての活躍した経歴を持っています。今日では、ガブリエル・フォーレのチェロとピアノのためのシシリエンヌの被献呈者として名を残していますが、生前はイギリスを代表するチェリストの一人でした。サモンズやマードックらとよく室内楽を演奏していましたが、本CDの演奏は、その往時を偲ぶのに好適な音源といえるでしょう。
三者とも、過度な思い入れを廃し、スマートな弾きっぷりで直截的に曲の美しさを引き出しています。
第1楽章の悠然とした主題のピアノと弦楽の受け渡しも勿体振ったところがなく、美しいメロディをスッキリと歌わせています。
第2楽章のスケルツォも、技術的な難点は全くなく、余計な表情付けを施さないことで、逆に晴朗で楽しい音楽を奏でています。
第3楽章も、弦楽器がしっとりと歌いながら、全くしつこくならず、録音状態が良ければ現代にも通じるスタイリッシュさがあります。
第4楽章も快活ながら、それぞれのパートがうまくブレンドされており、和気藹々としたアンサンブルの魅力をさりげなく伝えてくれます。
強烈な個性のぶつかり合いによるスリリングな演奏を好む人には、少々物足りないかもしれませんが、サモンズとスクワイアーとマードックのトリオは、しっかりと勘所を掴みながらスムーズに演奏しており、アンサンブルの理想的な形の一典型を体現しています。
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