1928年の日本ハナゲ學会第3分科會において瓢箪屋蓑吉氏が発表した「傳説の白ハナゲと黑ハナゲの脱色化の判別に關する文化論的一考察 ―ルウブル美術館をくまなく回ろうとして挫折したフレデリツク勅使河原氏の手記を中心に―」を再読したり、検証したりするBLOGではないことは確かなことです。ええ!確かなことですとも!
◈Sergey Lyapunov: Berceuse op.11-1
Louis Kentner (Pf)
(Rec. 7 March 1939, Studio 3, Abbey Road, London)
◈Sergey Lyapunov: 12 Études d'Exécutions Transcendante, op.11Louis Kentner (Pf)
(Rec. 13-15, 20 & 29 December 1949 Studio 3, Abbey Road, London)
超絶技巧練習曲は、ロシアの作曲家、セルゲイ・リャプノフ(Sergey Lyapunov, 1859-1924)の代表作として知られています。
超絶技巧練習曲と言えば、フランツ・リストのそれを思い浮かべる人も多いと思いますが、リャプノフの作品は、その補遺として作曲されたものです。
リストが超絶技巧練習曲の作曲を思い立った時、全ての長調短調を含んだ24曲の組曲として作る計画でした。しかし、その計画は半分の12曲で敢無く頓挫し、リストはその12曲に磨きをかけて、作品を問うことにしました。
ピアニストでもあったリャプノフは、リストの音楽を敬愛しており、そリストに追随する作品の制作を自らに課し、1897年からリストが作曲しなかった残り12の調で超絶技巧練習曲を書いて、1905年に発表しました。
それぞれの曲には、子守歌、御霊の踊り、カリヨン、テレク川、夏の夜、嵐、牧歌、ブィリーナ、エオリアン・ハープ、レズギンカ、妖精の輪舞、リスト追憶の悲歌という表題が付けられています。「テレク川」は、グルジア地方に流れる川のことで、「ブィリーナ」はロシアの口承叙事詩のことです。「レズギンカ」は、速めの4分の4拍子をとる、コーカサス地方を由来とするロシアの民族舞踊です。リャプノフの〈レズギンカ〉は、先輩であるミリー・バラキレフの語法を参考にしており、ヨーゼフ・ホフマンや若かりし時のクララ・ハスキルなどが好んでレパートリーに入れていたそうです。
本CDの演奏は、ルイス・ケントナー(Louis Kentner, 1905-1987)のものです。ハンガリー籍だった時にはラヨシュ(Lajos)・ケントネルを名乗り、ブダペストの王立音楽院でアルノルト・セーケイやレオ・ヴェイネルらに師事しました。1932年にショパン国際ピアノ・コンクールで第5位に入賞し、ブダペスト市からリスト・メダルを贈られましたが、1935年にイギリスに渡って名前を「ルイス」にして、そのまま帰化しています。
レパートリーは、18世紀ドイツ・オーストリア圏の作品から、親友のベーラ・バルトークの作品まで、幅広くこなしていました。堅牢なテクニックの持ち主としても知られ、その名声から、イギリスに設立されたフランツ・リスト協会の会長を亡くなるまで務めていました。
このリャプノフの超絶技巧練習曲の録音は、この作品の初の全曲録音でもあり、超絶技巧家としてのケントナーの全盛期の至芸を偲ぶアイテムとして、広く知られているものです。
本CDでは、1939年の〈子守歌〉の録音が最初に収録され、1949年の超絶技巧練習曲の全曲がそれに続くという趣向で、第1曲の〈子守歌〉だけが10年差の異演を比較できます。録音は、1939年のもののほうが、音の輪郭がぼやけている分、幻想的な味わいがあります。また、全曲録音するという気負いもなかったのか、1949年の録音よりも力が抜けています。技術的な衰えは、両者の録音の比較からは窺えません。
全曲録音のほうは、最初の曲こそ、1939年の録音と比べて表情が硬いものの、テクニック面では非常に安定しています。〈テレク川〉や〈嵐〉のような、一歩間違えればぐちゃぐちゃになるような曲でも、テンポを殆ど落とさず一気呵成に弾き切っています。〈レズギンカ〉も、恣意的な演出を排して職人芸に徹したことによって、シンフォニックな音の塊が何のためらいもなく飛んでくるスリルを味わうことが出来ます。音質面では流石に古さを感じさせるものの、そこらへんの軟なピアニズムを寄せ付けない強靭さがあります。
超絶技巧練習曲と言えば、フランツ・リストのそれを思い浮かべる人も多いと思いますが、リャプノフの作品は、その補遺として作曲されたものです。
リストが超絶技巧練習曲の作曲を思い立った時、全ての長調短調を含んだ24曲の組曲として作る計画でした。しかし、その計画は半分の12曲で敢無く頓挫し、リストはその12曲に磨きをかけて、作品を問うことにしました。
ピアニストでもあったリャプノフは、リストの音楽を敬愛しており、そリストに追随する作品の制作を自らに課し、1897年からリストが作曲しなかった残り12の調で超絶技巧練習曲を書いて、1905年に発表しました。
それぞれの曲には、子守歌、御霊の踊り、カリヨン、テレク川、夏の夜、嵐、牧歌、ブィリーナ、エオリアン・ハープ、レズギンカ、妖精の輪舞、リスト追憶の悲歌という表題が付けられています。「テレク川」は、グルジア地方に流れる川のことで、「ブィリーナ」はロシアの口承叙事詩のことです。「レズギンカ」は、速めの4分の4拍子をとる、コーカサス地方を由来とするロシアの民族舞踊です。リャプノフの〈レズギンカ〉は、先輩であるミリー・バラキレフの語法を参考にしており、ヨーゼフ・ホフマンや若かりし時のクララ・ハスキルなどが好んでレパートリーに入れていたそうです。
本CDの演奏は、ルイス・ケントナー(Louis Kentner, 1905-1987)のものです。ハンガリー籍だった時にはラヨシュ(Lajos)・ケントネルを名乗り、ブダペストの王立音楽院でアルノルト・セーケイやレオ・ヴェイネルらに師事しました。1932年にショパン国際ピアノ・コンクールで第5位に入賞し、ブダペスト市からリスト・メダルを贈られましたが、1935年にイギリスに渡って名前を「ルイス」にして、そのまま帰化しています。
レパートリーは、18世紀ドイツ・オーストリア圏の作品から、親友のベーラ・バルトークの作品まで、幅広くこなしていました。堅牢なテクニックの持ち主としても知られ、その名声から、イギリスに設立されたフランツ・リスト協会の会長を亡くなるまで務めていました。
このリャプノフの超絶技巧練習曲の録音は、この作品の初の全曲録音でもあり、超絶技巧家としてのケントナーの全盛期の至芸を偲ぶアイテムとして、広く知られているものです。
本CDでは、1939年の〈子守歌〉の録音が最初に収録され、1949年の超絶技巧練習曲の全曲がそれに続くという趣向で、第1曲の〈子守歌〉だけが10年差の異演を比較できます。録音は、1939年のもののほうが、音の輪郭がぼやけている分、幻想的な味わいがあります。また、全曲録音するという気負いもなかったのか、1949年の録音よりも力が抜けています。技術的な衰えは、両者の録音の比較からは窺えません。
全曲録音のほうは、最初の曲こそ、1939年の録音と比べて表情が硬いものの、テクニック面では非常に安定しています。〈テレク川〉や〈嵐〉のような、一歩間違えればぐちゃぐちゃになるような曲でも、テンポを殆ど落とさず一気呵成に弾き切っています。〈レズギンカ〉も、恣意的な演出を排して職人芸に徹したことによって、シンフォニックな音の塊が何のためらいもなく飛んでくるスリルを味わうことが出来ます。音質面では流石に古さを感じさせるものの、そこらへんの軟なピアニズムを寄せ付けない強靭さがあります。
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