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1928年の日本ハナゲ學会第3分科會において瓢箪屋蓑吉氏が発表した「傳説の白ハナゲと黑ハナゲの脱色化の判別に關する文化論的一考察 ―ルウブル美術館をくまなく回ろうとして挫折したフレデリツク勅使河原氏の手記を中心に―」を再読したり、検証したりするBLOGではないことは確かなことです。ええ!確かなことですとも!
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Wolfgang Amadeus Mozart: Piano Concerto No.20 in D minor, K466
Pavel Jegorov (Pf.)
Orchestra "New Philharmony" St.Petersburg / Alexander Titov
(Rec. 1993)
Wolfgang Amadeus Mozart: Piano Concerto No.21 in C major, K467
Sergei Uruvayev (Pf.)
Orchestra "New Philharmony" St.Petersburg / Alexander Titov
(Rec. 1993)





ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart, 1756-1791)は、神聖ローマ帝国の大司教領だったザルツブルク出身の作曲家。ザルツブルク宮廷の副楽長を父に持ち、その父親の英才教育で幼少期より音楽の天才少年として盛名を馳せていました。生涯に渡ってコンスタントに曲を書き続けて600曲以上の作品を残しましたが、その作品群は、鉱物学者でモーツァルト作品の愛好家だったルートヴィヒ・フォン・ケッヘルによって収集され、ケッヘルが調べた限りの作曲年代順に整理番号かつけられました。このケッヘルによる作品整理番号をケッヘル番号と言います。
コンスタントに作曲活動を展開したモーツァルトの作品は、ケッヘル番号に一定の数式を当てはめることで、凡その作曲年代を同定できます。その数式とはすなわち、「ケッヘル番号/25+10」です。
試しに、本CDに収録されたピアノ協奏曲第20番(K466)と第21番(K467)で試してみましょう。
ピアノ協奏曲第20番は「466/25+10=28.64」、同第21番は「467/25+10=28.68」となり、どちらも小数点第一位を四捨五入して「25」という概数値を得ることが出来ます。この数値を以て、モーツァルトが25歳―1785年―の時に作曲した作品だと大まかな予想を立てることが出来ます。
実際は、第20番は1785年2月11日、第21番は同年3月9日のそれぞれモーツァルト自身が企画した予約演奏会でお披露目されており、ケッヘル番号に関わる数式は、かなりの精度でモーツァルトが作曲した時期を同定できるということが分かります。

1781年にすったもんだの末にザルツブルクから放逐されたモーツァルトは、ウィーンで音楽愛好家の貴族たちと懇意になり、フリーランスの職業音楽家として、自分のプロデュースによる予約演奏会を開いて評判を取りました。本CDに収録された2曲は、そんな絶頂期に作曲された作品で、特に第20番はモーツァルトの音楽活動が新展開を見せたことを物語る目印的な作品といえます。ピアノ協奏曲の分野でのモーツァルトは、前作の第19番(K459)までウィーンの予約演奏会のお客さんの好みに配慮した明朗で雅な作風の水準を維持していましたが、第20番では暗めの和声で変則的なリズム・パターンを駆使してデモーニッシュな作品を披露しました。フランツ・ヨーゼフ・ハイドンのような同業の音楽通はそのモーツァルトの新境地に驚嘆しましたが、従来のような陽気で屈託がなく優美なモーツァルトの音楽を期待していた人たちは、別の意味でびっくりすることになります。
第21番のピアノ協奏曲では、表面上はデモーニッシュな表現を抑え、従来通りの陽気な作風に戻ったような音楽を作りましたが、ところどころで短調に傾きそうになる局面が盛り込まれ、第20番のデモーニッシュな表現でびっくりした人には、ハラハラドキドキする音楽になりました。また、第19番までの音楽よりも音密度が高めになったことにより、ウィーンの一般的聴衆からすれば、ちょっと好みからズレる音楽を作り始めたモーツァルトに一抹の不安を覚えたことでしょう。実際、その後はウィーンの聴衆の好みを考慮しない野心的な作品を連発していった為に、モーツァルトの音楽は次第に人気を失っていくことになりました。1786年末にピアノ協奏曲第25番を作った頃には、モーツァルトが演奏会の予約を募っても、客が集まらなくなっていました。
業界的な評判の高かったモーツァルトは、1787年に神聖ローマ皇帝ヨーゼフ3世に、先に亡くなったクリストフ・ヴィリバルト・グルックの後任として宮廷室内作曲家として取り立てられました。しかし、モーツァルトは、少年時代にレオポルトの強引な売り込みの結果としてウィーン宮廷内での心象は悪く、さらに彼自身がウィーンで警戒されていた秘密結社フリーメイソンで熱心に活動する社員だったことで、大分敬遠されていた様子。年俸はグルックの半額未満なうえ、宮廷からの作曲の依頼も削減されるという憂い目に遭っています。晩年は活動拠点をウィーンからプラハに移そうと機会をうかがっていましたが、レクイエムの作曲中に体調を崩し、そのままウィーンで亡くなっています。
なにはともあれ、モーツァルトは、本CDに収録されている第20番と第21番のピアノ協奏曲を作曲したあたりから、ウィーンの聴衆の理解を超えた、当時としてはアヴァンギャルドに聴こえる音楽の道を走り、自身の芸風の再構築の半ばで倒れたとみるべきかもしれません。モーツァルトの音楽は、表面上ニコニコしていても、自分の表現の限界突破への苦悩とクライアントの要求の狭間で苦闘するプロフェッショナルの悩みの産物なのです。

本CDの演奏は、第20番のピアノ独奏がパヴェル・エゴロフ(Pavel Egorov, 1948-)、第21番のピアノ独奏がセルゲイ・ウルヴァイェフ(Sergei Uruvayev, 1947-)です。伴奏はいずれも、アレクサンドル・ティトフ(Alexander Titov, 1957-)指揮するサンクトペテルブルグ・ニュー・フィルハーモニー管弦楽団(Orchestra "New Philharmony" St.Petersburg )が担当しています。サンクトペテルブルグ・ニュー・フィルハーモニー管弦楽団は、サンクトペテルブルク・フィルハーモニー管弦楽団と紛らわしい名前ですが、このオーケストラは1992年にティトフが録音用に結成したもので、サンクトペテルブルク・フィルハーモニー管弦楽団とは関わりがありません。なお、エゴロフのアルファベット表記は"Pavel Yegorov"になっているのは、キリル文字の彼の名前を販売元がアルファベット転写した時の誤差の範囲という事にしておきます。なお、カデンツァは誰のものを使っているかは明記されていません。
エゴロフとウルヴァイエフは、同じく旧ソ連のレニングラード出身のピアノ奏者。どちらもペテルブルク音楽院(旧:レニングラード音楽院)のピアノ科の教授という事で、お互い同僚ということになります。ただ、エゴロフはタチアナ・ニコラーエワとヴェラ・ゴルノスタエヴァの門下、ウルヴァイエフはサマリア・サヴチンスキー、ヴラディーミル・ニールセンとパヴェル・セレブリャーコフに師事したということで、必ずしも同門というわけではありません。
エゴロフは1974年にツヴィッカウのロベルト・シューマン国際ピアノ・コンクールで一位入賞を果たした実績があり、ロシア国内ではロベルト・シューマンの音楽の解釈の第一人者と見做されています。
ウルヴァイエフは、主にソ連国内で演奏の実績を積み、1975年からレニングラード音楽院のピアノ教師として活動している人。ペテルブルク三重奏団なるピアノ三重奏団も主宰し、室内楽奏者としてもロシア国内では一家言を持っているそうです。
このCDで伴奏の指揮を一手に引き受けているティトフは、イリヤ・ムーシンの門下で、ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーやムスティスラフ・ロストロポーヴィチ等のアシスタントを経て1991年からマリインスキー劇場の指揮者陣に加わっています。日本には1988年に民主音楽協会主催の東京国際音楽コンクールの指揮者部門のコンテスタントとして来日し、2位入賞の実績を残しました。

演奏については、第20番のエゴロフのピアノに少々癖があります。ロマンティックな解釈と結び付けて演奏効果を狙おうとしている節があり、テンポを伸縮させて、フレーズの一つ一つのを意味ありげに強調して聴き手の注意を惹こうとしています。しかし、ティトフの指揮するオーケストラが、エゴロフの表現上の工夫を素通りして事務的に事を済ませているので、エゴロフのピアノが行き当たりばったりのスタンド・プレイに聴こえる危険があります。エゴロフの解釈にとことん付き合えば解釈に深みが出たかどうかは、この演奏結果からは判別しにくいところですが、ティトフにイニシアチブを取らせて演奏を展開したとしても、さほど聴き映えのする音楽にはならなかったでしょう。この共演は両者にとって実りあるものとはならなかったようです。
第21番のウルヴァイエフのピアノ演奏は、エゴロフのように深読みして掘り下げようという感じではなく、スムーズな音の流れを重視しています。両端楽章では巧者らしく指周りのよい演奏で滑らかですが、それ以上の感興を感じ得ないのがちょっと残念なところ。第二楽章も、技術的な瑕疵はなさそうなのに、間合いの取り方が悪いのか、散漫な印象に終始しています。ティトフの伴奏は、ウルヴァイエフのピアノに足を引っ張られたようなところもなく、表面上は快調の出来栄え。ただ、独奏と伴奏がお互いを刺激し合って表現が練り上げられている風でもないので、全体を通してあまり心に残りません。

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