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1928年の日本ハナゲ學会第3分科會において瓢箪屋蓑吉氏が発表した「傳説の白ハナゲと黑ハナゲの脱色化の判別に關する文化論的一考察 ―ルウブル美術館をくまなく回ろうとして挫折したフレデリツク勅使河原氏の手記を中心に―」を再読したり、検証したりするBLOGではないことは確かなことです。ええ!確かなことですとも!
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Paul Hindemith:Symphonie in B für Concert-Band
Symphonieorchester des Bayerishen Rundfunks / Paul Hindemith
(Rec. 8 October 1959) Live Recording without Applause
Paul Hindemith: Thema mit vier Variationen (die vier Temperamente darstellend)
Clara Haskil (Pf.)
Symphonieorchester des Bayerishen Rundfunks / Paul Hindemith
(Rec. 1 July 1955) Live Recording without Applause
Alban Berg: Kammerkonzert
Wolfgang Marschner (Vn.)
Carl Seemann (Pf.)
Symphonieorchester des Bayerishen Rundfunks / Paul Hindemith
(Rec. 8 October 1959) Live Recording without Applause







パウル・ヒンデミット(Paul Hindemith, 1895-1963)は、ドイツのハーナウに生まれた作曲家です。本CDからも分かるように、指揮者としても活躍し、生前はヴィオラの名手としての名声も持っていました。
幼少期よりスイス出身のアンナ・ヘグナーにヴァイオリンを学んでいたヒンデミットは、11歳でフランクフルト・アム・マインのホーホ音楽院に進学し、アドルフ・レブナーにヴァイオリンを学ぶ傍らでベルンハルト・ゼクレスに作曲を師事しています。在学中からフランクフルトのオーケストラでヴァイオリンやヴィオラを弾き、映画館のバンド演奏もこなしていました。1915年にはフランクフルト・ムゼウム管弦楽団のコンサート・マスターとなったものの、第一次世界大戦に従軍後はヴィオリストに転向し、1920年から1928年までリッコ・アマールの弦楽四重奏団のヴィオラ奏者として活動しました。その後も、シモン・ゴールドベルクやエマヌエル・フォイアマンらとの室内楽で活躍しました。
作曲家としてのヒンデミットは、ゼクレスに師事した頃はリヒャルト・シュトラウスのフォロワーとしてエモーショナルな作品を書いていましたが、1920年代には映画館でのジャズの演奏やドイツ・オーストリアの音楽業界の影響から、次第に調性にこだわらないあっけらかんとした作品を書くようになり、ドイツの新進気鋭の作曲家として一目置かれるようになりました。1927年にはベルリンの高等音楽院の作曲科教授に就任しています。
1930年代に入ってナチスが台頭してくると、次第にヒンデミットの音楽は敬遠されるようになりました。1934年にはナチスによるヒンデミットの作品に対する扱いを巡って盟友のヴィルヘルム・フルトヴェングラーと当局の間で衝突が生じ、ヒンデミットはトルコのアンカラ音楽院の創設に力を貸すという名目で国外に脱出しています。
ヒンデミットは、その後1938年にスイスに行き、そのまま1940年にアメリカに亡命してイェール大学の教授としてルーカス・フォスやノーマン・デロ=ジョイオらを育てました。
第二次世界大戦終結後は、徐々にヨーロッパでの演奏活動も行うようになり、1956年にはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と共に指揮者として来日を果たしています。
晩年は精力的に自作の録音を指揮していましたが、次第に健康を害するようになり、フランクフルト・アム・マインで膵炎を起こして亡くなりました。

本CDに収録されている交響曲変ロ調(変ロ音はドイツでは”B”、英語圏では"B flat")は、ヒンデミットならではの長調とも短調ともつかないハーモニー・センスで作曲されています。ワシントンの軍楽隊の隊長であったヒュー・カーリー少佐の委嘱を受けて作曲された吹奏楽曲で、コンパクトに3楽章構成で纏められています。アメリカのバンドのスタイルを踏襲すべく、華やかな響きの音楽に仕上げられていますが、そのあっけらかんとした作風はどこかシニカルな味わいを持っています。 初演は1951年4月5日にワシントンでヒンデミット自身の指揮で行われています。

ピアノと弦楽合奏の為の《主題と変奏》は、アメリカに亡命する1940年に、ジョージ・バランシンの依頼で書かれた作品。バランシンはバレエ音楽として作品を委嘱しましたが、書き上げた作品をヒンデミットはバレエに向かないと判断し、出版社にピアノと弦楽合奏の舞踏組曲という器楽音楽として出版するように伝達しています。初演は1943年3月10日のヴィンタートゥールに於いてヘルマン・シェルヘンの指揮とルドルフ・アム・バッハのピアノで行われています。
しかし、バランシンは、1946年11月20日にアメリカのニューヨークで自らの振り付けでバレエ音楽としての上演を強行しました。この時の指揮はレオン・バージンで、ニコラス・コペイキンがピアノを弾いています。
この作品は、「4つの気質の描出」という副題がつけられており、主題を4つの気質に合わせて変奏するというスタイルをとっています。
この4つの気質とは、寡黙でことを重大に捉える傾向としての憂鬱質(Melancholisch)、楽天的発想としての多血質(Sanguinisch)、ゆったりと構える粘液質(Phlegmatisch)、カッとなりやすい活動的な胆汁質(Cholerisch)を指し、ギリシャのヒポクラテスの体液説を根拠とする性格類型です。
それぞれの変奏に、こうした性格類型の標語が書き込まれているので、しばしば「四つの気質」というタイトルで演目に掲げられています。

本CDの最後に収録されるのは、アルバン・ベルク(Alban Berg, 1885-1935)の室内協奏曲です。
ベルクはウィーンに生まれウィーンに没したオーストリアの作曲家で、アルノルト・シェーンベルクに弟子入りし、同門のアントン・ウェーベルンと共に「新ウィーン楽派」を形成しました。
室内協奏曲は、シェーンベルクの50歳の誕生日にプレゼントすべく、1923年から着手されていた作品です。しかし、作品の完成は1925年までずれ込み、1927年3月20日ベルリンに於いてルドルフ・コーリシュのヴァイオリン、エドゥアルト・シュトイアマンのピアノ、ヘルマン・シェルヘンの指揮する13管楽器のアンサンブルで漸く初演されました。
この作品の特色は、シェーンベルク、ウェーベルンと作曲者自身それぞれの名前の綴りから、音名として使える文字を音列に直して作曲の素材にしているところにあります。作品は三楽章構成ですが、第1楽章は、3人の名前から作った音列について、逆行(並べた音の終わりから始まりまでの順番に音を並べ直す)、反行(並べた音程の上行・下行を反転させる)などの作曲技法を用いて変奏する音楽になっています。ここで作られた音列は、第3楽章でも活用されます。第2楽章でも意趣が尽くされていて、回文構造を目指した音楽作りになっています。
作曲家としてのヒンデミットは、シェーンベルクの十二音技法による無調音楽に批判的な態度をとっていましたが、このベルクの作品には少なからぬ興味を示していたようです。

本CDに収録されているのは、ヒンデミットがバイエルン放送交響楽団(Symphonieorchester des Bayerishen Rundfunks)に客演した時の録音です。
バイエルン放送交響楽団は1949年に設立されたバイエルン放送の第一オーケストラです。(第二のオーケストラは1952年創設のミュンヘン放送管弦楽団。)
本録音が行われた頃は、オイゲン・ヨッフムを初代の首席指揮者に迎えながら、同時代の音楽に積極的に取り組み、どんな音楽にも対処できる即応力をつけるべく奮闘していました。

1959年のヒンデミットの自作とベルクの作品のライヴ録音では、そんなオーケストラの、特に管楽器セクション(特に金管セクション)の充実ぶりを確認することができます。
やや曇った音質ながら、交響曲ではオーケストラの面々が気合の入ったサウンドで音質面の不備をものともしない力演を聴かせます。ヒンデミットの指揮は拍節感重視であっけらかんとしていますが、団員達の作りだすダイナミズムは、軟なビッグ・バンドを吹き飛ばすほどのパワーを放出しています。第二楽章は筋肉隆々の響きでコケットリーに不足しますが、木管セクションがなかなかの頑張りを見せています。
第3楽章の管楽器セクションの総力を挙げてヒンデミットの音楽の躍動感を伝えようとする真摯なアプローチは、今日でも充分聴き手を感じ入らせる充実感があります。

ベルクの作品では、ヴォルフガング・マルシュナー(Wolfgang Marschner, 1926-)がヴァイオリン独奏、カール・ゼーマン(Carl Seemann, 1910-1983)がピアノ独奏で参加しています。
マルシュナーはドレスデンに生まれたヴァイオリニストで、ドイツの作曲家ハインリヒ・マルシュナーの末裔に当たります。ザルツブルクのモーツァルテウム音楽院でエルマンノ・ヴォルフ=フェラーリやクレメンス・クラウスに作曲等を学び、チェコ出身のヴァーシャ・プルジホダにヴァイオリンの指導を受けています。第二次世界大戦中は徴兵を受けて音楽活動を中断したものの、戦後はエーリヒ・レーンの下で研鑽を重ね、1945年にはハノーヴァー歌劇場のコンサート・マスターとしてキャリアを開始しています。1947年にケルン放送交響楽団が発足すると、そこのコンサート・マスターに引き抜かれ、アルノルト・シェーンベルクのヴァイオリン協奏曲やベルクの作品などを積極的に演奏して、独奏者としての名声を確立していきました。1950年代からはエッセンのフォルクヴァンク大学を皮切りに、ケルン音楽院やフライブルク音楽大学などで教鞭をとっています。
ゼーマンはブレーメンに生まれ、フライブルク・イム・ブライスガウで没したドイツのピアニスト。
ギュンター・ラミンやクルト・トーマスにオルガンや音楽理論を学ぶ傍らで、リストの孫に当たるカール・アドルフ・マルティーンセンにピアノを学び、1935年ごろからピアニストとして演奏活動を始めました。
1940年代にはシュトラスブルク(現:ストラスブール)やキールなどの音楽学校で教鞭をとり、1964年から1974年までフライブルク音楽大学の学長を務める等、ピアノ教師として高い名声を誇っていました。
この室内協奏曲では、ヒンデミットは、ゼーマンのピアノ共々、務めて明晰でドライな演奏に徹し、ベルクの音楽に付きまとう退廃的官能性を抑えており、音列による交響的運動として再解釈を試みているようですらあります。しかし、マルシュナーのヴァイオリンが艶のある響きでアクセントを加えているので、奏楽は無味乾燥に陥らず、理知と感情のせめぎ合いのような面白さを生み出しています。

ヒンデミットの吹奏楽用の交響曲とベルクの室内協奏曲の間に収録されている《主題と変奏》は、クララ・ハスキル(Clara Haskil, 1895-1960)をピアノ独奏に据えた1955年の録音。
ハスキルはルーマニアのブカレストに生まれたピアニスト。ウィーンでリヒャルト・ロベルトとフェルッチョ・ブゾーニの薫陶を受けた後、パリ音楽院でアルフレッド・コルトーのクラスに入り、ラザール・レヴィやジロー=ルタルズ夫人の指導を受け、1910年にプルミエ・プリを得て卒業しています。1913年に脊柱側湾症で演奏活動を一時中断し、演奏活動再開後も脳腫瘍や肺結核などの病気や、ナチス政権の影響等に苦しめられながら第二次世界大戦までを生き延びています。戦後、アルテュール・グリュミオーとのデュオ等を通してピアニストとして高く評価されるようになったものの、グリュミオーとの演奏会の為に向かったブリュッセルの駅頭で転倒し、その時の怪我がもとで急逝してしまいました。
ハスキルは、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの作品解釈に定評がありましたが、同時代の作曲家の作品ではこのヒンデミットの作品を特に好み、幾度となく演奏し、ヒンデミットとパリで演奏した録音も残されています。
この録音では、ヒンデミットの指揮するバイエルン放送交響楽団の弦楽セクションが少々雑然としていますが、ハスキルの怜悧なピアノの音が加わることで、次第に演奏の精度が増しています。憂鬱質の個所では、ハスキルのピアノが醸し出す呼吸感にオーケストラが合わせ切れておらず、気質の力感に不足があります。多血質の個所では、ハスキルの可憐なピアノとヒンデミットのぶっきらぼうさがニヒルな感じを醸し出しています。粘液質の個所に入って、ハスキルとヒンデミットの芸風が交差し、平明な緩徐楽章のイメージを形作ります。胆汁質の変奏は、オーケストラの大味さをハスキルが補修していくような感じで微笑ましい演奏内容です。終盤にアンサンブルが乱れるのは御愛嬌でしょう。
オーケストラの仕上がりに、過渡期的な不徹底さはあるものの、ハスキルの慎ましやかなピアノに、彼女のこの曲にかける愛情の程が凝縮されているように思います。


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