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1928年の日本ハナゲ學会第3分科會において瓢箪屋蓑吉氏が発表した「傳説の白ハナゲと黑ハナゲの脱色化の判別に關する文化論的一考察 ―ルウブル美術館をくまなく回ろうとして挫折したフレデリツク勅使河原氏の手記を中心に―」を再読したり、検証したりするBLOGではないことは確かなことです。ええ!確かなことですとも!
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Arrigo Boito: Nerone
Mirto Picchi (T.: Nerone)
Mario Petri (Bs.: Simon Mago)
Giangiacomo Guelfi (Br.: Fanuèl)
Anna de Cavalieri (S.: Asteria)
Adriana Lazzarini (Ms.: Rubria)
Feruccio Mazzoli (Bs.: Tigellino)
Piero de Palma (T.: Gobrias)
Plinio Clabassi (Bs.: Dositèo)
Anna di Stasio (Ms.: Perside)
Valeria Escalar (Ms.: Cerinto)
Orchestra & Chorus of Teatro San Carlo / Franco Capuana
(Rec. 30 November 1957) Live Recording with Applause







アリーゴ・ボーイト(Arrigo Boito, 1842-1918)は、オーストリア領パドヴァ(現:イタリア領)に生まれ、イタリアのミラノに没した人。本名をエンリコ・ジュゼッペ・ジョヴァンニ・ボーイト(Enrico Giuseppe Giovanni Boito)といい、トビア・ゴリオ(Tobia Gorrio)という筆名でオペラの台本作家として一家言を成しました。
ゴリオ名義の仕事としては、アミルカーレ・ポンキエッリの《ラ・ジョコンダ》、ジュゼッペ・ヴェルディの《シモン・ボッカネグラ》の改訂や《オテロ》、《ファルスタッフ》などが知られています。
音楽家としてのボーイトは、ミラノ音楽院でアルベルト・マッツカートに作曲やピアノなどを学び、パリにも遊学してヴィクトル・ユーゴーやエクトル・ベルリオーズ、ヴェルディなどの知己を得ています。
ただ、20代のボーイトは、リヒャルト・ヴァーグナーの音楽に心酔し、イタリアにヴァーグナーの音楽を紹介する一方で、音楽評論家としてヴェルディを筆頭とするイタリア・オペラの作曲家達を扱き下ろし、作家のアントニオ・ギスランツォーニや指揮者のフランコ・ファッチョらと「スカピリアトゥーラ」と呼ばれる芸術運動の旗振り役を務めました。
そんなボーイトは、1868年にヴォルフガング・フォン・ゲーテの戯曲《ファウスト》を原案にしたオペラ《メフィストフェーレ》を自らの台本で作曲し、ミラノ・スカラ座(以下「スカラ座」)で初演してヴァーグナー流のオペラの信を問いましたが、あまりの騒ぎに警官が出動する程の大不評に終わりました。その後1876年と1881年に改訂を施されたものの、20世紀に入るまでは、なかなか再評価されませんでした。
その後、《エーロとレアンドロ》というオペラを書き上げたものの、ボーイト自身は作品が気に入らずに破棄してしまい、以後は台本作家として邁進することになりました。

《ネローネ》は、そんなボーイトが、ヴェルディの激励を受けて1877年からこつこつと作曲していたオペラです。台本は自ら用意しましたが、作曲に当たって書いては消し、書いては消しを繰り返したため、この作品を完成させることなく世を去っています。
ボーイトの死後、アントニオ・スマレリア(Antonio Smaregliao, 1854-1929)とヴィンツェンツォ・トマジーニ(Vincenzo Tommasini, 1878-1950)がアルトゥーロ・トスカニーニの監修で未完成部分を補筆し、1924年にスカラ座でトスカニーニの手で初演されました。以下はあらすじです。
時代は、古代ローマ皇帝ネロ(イタリアではネローネ)の治世の頃。

第1幕

アッピア街道に蠢く2人の影。神秘宗教の指導者の魔術師シモンと近衛隊長のティジェリノが、息子である皇帝ネロに殺されたアグリッピーナの遺灰を埋ている。ネロは恐怖に取り付かれて、復讐の女神を信仰するようになり、その女神の巫女のアステリアを寵愛するようになっていた。ネロは自分の侵した親殺しの罪に恐怖する一方で、自分をオレステースの生まれ変わりだと思い込むことで自己正当化を図っていた。
シモンは、そんなネロに取り入るべく、ネロの親殺しを無罪化する儀式を執り行うと称してネロに近づいていく。
しかし、ネロはシモンの儀式の最中に席を立ってしまう。そこでシモンはアステリアに狙いを変え、アステリアの悩みを分析する振りをしながら、アステリアの秘密を握る。
アステリアの秘密とは、キリスト教徒との接触であった。ネロの寵愛に戸惑いを感じるアステリアは、密かにキリスト教徒の集いに参加し、真実の愛と悟りを得ようと研鑽していたのだった。
シモンにとっては、キリスト教は何としても殲滅しなければならない商売敵であった。
アステリアはシモンの術中にはまり、キリスト教徒のアジトである地下墓地の在り処を教えてしまった。
シモンは、アステリアから盗み出した秘密の情報を手掛かりに、地下墓地を探しに行く。
アステリアのほうは、自称キリスト教徒のルブリアと会い、ルブリアの祈り声と共に地下墓地へと向かっていった。
アジトの地下墓地にはキリスト教徒のリーダーであるファヌエールがいて、ルブリアは彼の下で告解をすることになった。それを目の当たりにしたアステリアは深く感じ入る。
そこに、ルブリア達を尾行していたシモンが現れ、キリスト教徒の集いは散り散りになってしまう。
シモンはファヌエールに、世界支配をさせてやるかわりに、ファヌエールの奇蹟の力を分けるように交渉をするが、ファヌエールはシモンの話に全く応じなかった。シモンは捨て台詞を吐いて立ち去った。
一方、ネロは近衛兵の進軍の音を聞き、自分の親殺しの罪を罰しに来たものと勘違いして錯乱する。
ティジェリノは、軍隊がネロを罰しに来たのではなく、称えに来たのだと、ネロに言い聞かせるのだった。

第2幕

場所は、シモンの寺院。
シモンは、信徒のゴブリアとドジテーオとともに、魔術的な儀式の最中である。手の込んだ手法で、シモンが昇天するかのような幻覚を生み出しているが、シモンたちは、それを見て驚嘆している群集を見て、内心せせら笑っている。民衆に幻覚ショーを堪能させたシモンは、ネロを迎えるために群衆を外に出す。 迷信深いネロたちのために、シモンは特別の幻覚を用意していた。壁の穴を通して天啓の声を装い、脅して籠絡したアステリアを祭壇上の女神に扮装させた。この幻覚ショーを見たネロは女神に近づき、女神にキスをしたが、このとき、ネロは女神が女神ではなく人間だということを悟り、一連の儀式が全てインチキだったということを見破る。
怒り狂ったネロは、シモンの寺院を破壊し、シモンに、民衆に見せた飛行の技を野外競技場で実演するよう命じた。シモンの幻術を見破ったネロは、ミューズを率いるアポロによって祝福されることになった。

第3幕

日没の果樹園でファヌエールは、キリスト教徒の一団にキリストの教義を教えている。そこにやつれた格好のアステリアが現れ、シモンが来ることを警告するが、ファヌエールとルブリアは教徒たちを避難させ、その場に自分達だけ残る。
シモンが現れ、ファヌエールに祝福を要求するが、ファヌエールは祝福を拒絶。シモンは怒ってファヌエールを兵士に捕らえさせてしまった。
ルブリアと彼女の友達のペルシーデ、そして教徒たちはそれを嘆き悲しみ、ファヌエールの無事を祈るばかりであった。

第4幕

ネロから野外競技場で空を飛べと命令されたシモンは、それを見物に来るネロの注意をそらすため、ローマに火を放つ計画を立てた。この放火の罪は、キリスト教徒に擦り付けるつもりである。ネロは、このシモンの計画を察知していたが、黙認していた。何故ならば、ネロもシモンと同じくキリスト教徒が嫌いであり、放火の罪をキリスト教徒に着せれば、心置きなくキリスト教徒を弾圧でき、ローマの町も自分好みに建て替えることができるからである。競技場に野獣が放たれ、いよいよシモンは野外競技場で空を飛ばなければならなくなった。
そのとき、ネロの下にヴェスタの巫女に扮したルブリアがやってきて、キリスト教徒に寛大な処置をとるよう直訴しにきたが、ネロは、ルブリアを猛獣のいる舞台に突き落とした。
ネロが「さあ!シモン、今すぐ飛んで見せろ!」と命令したとたん、ローマの町から火の手が上がって群衆は大混乱に陥り、競技場は煙でいっぱいになる。
いたるところに死体が転がり、その中にはシモンの死体もあった。アステリアは、その場にいたファヌエールを救出し、ファヌエールはルブリアを見つけて救おうとするが、ルブリアは既に虫の息だった。
ルブリアは、自分が実はキリスト教徒ではなく、ローマの神々を信奉していたことと、ファヌエールを愛していたことを、ファヌエールに告白する。ファヌエールはルブリアを赦して祝福し、ルブリアはファヌエールの妻として、ファヌエールの腕の中で事切れるのだった。競技場はガラガラと崩れだし、アステリアとファヌエールは、そこから逃げ去っていく。
第4幕に関しては、ネロがシモンに今すぐ飛ぶよう命令して火が放たれるところまでを第1場とし、死体累々の中をアステリアがファヌエールを見つけるところからを第2場としますが、第2場を第5幕として扱うこともあります。
演奏はナポリのサン・カルロ劇場で1957年に上演されたプロダクションということで、ライヴ録音です。
本CDのキャストは以下の通りです。

ミルト・ピッキ(T: 暴君ネロ)
マリオ・ペトリ(Bs: 魔術師シモン)
ジャンジャコモ・グエルフィ(Br: ファヌエール)
アンナ・デ・カヴァリエリ(S: アステリア)
アドリアーナ・ラッザリーニ(Ms: ルブリア)
フェルッチョ・マッツォーリ(Bs: ティジェリノ)
ピエロ・デ・パルマ(T: ゴブリア)
プリニオ・クラバッシ(Bs: ドジテーオ)
アンナ・ディ・スターシオ(Ms: ペルシデ)
ヴァレリア・エスカラル(Ms: チェリント)
サン・カルロ劇場合唱団
サン・カルロ劇場管弦楽団 / フランコ・カプアーナ

ピッキ(Mirto Picchi, 1915-1980)は、フィレンツェ近郊サン・マウロに生まれ、フィレンツェに没したイタリアの名テノール歌手です。ミラノでジュリア・テスとジュゼッペ・アルマーニに師事し、1946年にスカラ座でヴェルディの《アイーダ》のラダメス役でデビューを飾りました。その後はスカラ座を中心に世界各地の歌劇場に客演し、マリア・カラスとも度々共演しています。
ペトリ(Mario Petri, 1922-1985)はペルージャに生まれ、チッタ・デッラ・ピエーヴェで没したバス歌手です。ピアニスト兼歌唱研究家のジョルジオ・ファバレットに見い出され、1947年のスカラ座でイーゴリ・ストラヴインスキーの《オイディプス王》でデビューを飾りました。ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトやジョアキーノ・ロッシーニなどのオペラの諸役を得意としました。
グエルフィ(Giangiacomo Guelfi, 1924-)はローマに生まれたバリトン歌手。元々法律を学んでいたものの、ティッタ・ルッフォに師事して歌手に転向した人です。1950年にスカラ座でヴェルディの《リゴレット》のスポレート役でデビューし、ヴェルディのオペラの歌唱で世界的に高い評価を受けていました。
カヴァリエリ(Anna de Cavalieri)ことアン・マクナイト(Anne MacKnight, 1924-)は、アメリカのイリノイ州オーロラに生まれたメゾ・ソプラノ歌手です。グラディス・ジルデロイ・スコットとエヴァン・エヴァンスに師事し、ミラノでレナータ・テバルディの師でもあったジュゼッペ・パイスの薫陶も受けています。1951年にトスカニーニの指揮でジャコモ・プッチーニの《ボエーム》のムゼッタ役を歌ってデビューし、1953年にナポリのサン・カルロ劇場でフェルッチョ・ブゾーニの《トゥーランドット》の上演に参加してイタリア・デビューを飾りました。この頃から、ヨーロッパで公演する時にはカヴァリエリの芸名で活動しました。
ラッザリーニ(Adriana Lazzarini, 1933-)は、マントヴァに生まれたメゾ・ソプラノ歌手。ヴェローナ音楽院でジルダ・ダッラ・リッツァとフランコ・フェラリスに学び、1955年にアレーナ・ディ・ヴェローナでヴェルディの《アイーダ》に出演してデビューを飾りました。1958年にはスカラ座にも登場し、ヴェルディの作品を得意とする名歌手としての名声を誇りました。
他にもモルフェッタ出身のパルマ(Piero de Palma, 1925-)や、ブドリオ出身のマッツォーリ(Feruccio Mazzoli, 1931-)などが参加して脇を固めています。
指揮をするフランコ・カプアーナ(Franco Capuana, 1894-1969)はファーノ生まれの指揮者。イタリアの名歌手だったマリア・カプアーナの弟として知られています。ナポリのサン・ピエトロ音楽院で作曲と音楽史とピアノを学び、レッジョ・エミリアの歌劇場のコレペティトゥーアとして経験を積んでいます。第一次世界大戦で従軍後はピエトロ・マスカーニの助手を経て1919年にブレシアでデビューを飾りました。1926年にはバルセロナを皮切りにスペインにも進出し、1929年にはブエノス・アイレスのコロン歌劇場に出演してオペラ指揮者としての名声を確立しました。サン・カルロ歌劇場には1930年から首席指揮者として赴任し、1937年にスカラ座の首席指揮者に転出しています。1940年に一旦離任し、フリーランスの指揮者として世界各地の歌劇場を渡り歩きましたが、1949年から1952年までスカラ座の音楽監督として返り咲いています。本CDで指揮しているサン・カルロ劇場とは首席指揮者の離任後も縁が深く、1946年のコヴェント・ガーデン王立歌劇場での引っ越し公演が行われた時も、カプアーナが帯同しています。亡くなった時も、この劇場でロッシーニの《エジプトのモーゼ》を指揮している最中でした。

本CDに収録された録音の状態は、鮮明というよりは、当時のサン・カルロ劇場の上演時の音を聴衆のノイズからプロンプター(歌詞を覚えない歌手に歌詞を小声で教える役)のささやきまで収録した生々しいものです。スタジオ録音のような洗練された音質ではありませんが、ライヴ録音ならではの熱気が籠っています。
カヴァリエリの声はよく通り、他の役の存在感を薄めてしまう程に力の入った歌唱が聴き物ですが、ルブリア役のラッザリーニを押しのけんばかりの歌唱には、少々バランス的な疑問を生じます。
ピッキの演じる精神的な不安定な暴君ネロ役はなかなかの好演で、ペトリの演じる魔術師シモンも腹黒さを感じさせるキャラクターをしっかりと造形しており、第2幕での両者のドラマティックなかけ合いが印象深いものです。
何よりも素晴らしいのはグエルフィのファヌエール役で、彼が歌いだすだけで演奏のガチャガチャした感じが薄まります。おそらく、こうした静謐な雰囲気に対抗するために、カヴァリエリは力まざるを得なかったのでしょう。
カプアーナの指揮するオーケストラと合唱は、より万全な状態でのスタジオ録音に比べると完成度は劣りますが、公演の一発録りとしてはなかなかの健闘です。


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