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1928年の日本ハナゲ學会第3分科會において瓢箪屋蓑吉氏が発表した「傳説の白ハナゲと黑ハナゲの脱色化の判別に關する文化論的一考察 ―ルウブル美術館をくまなく回ろうとして挫折したフレデリツク勅使河原氏の手記を中心に―」を再読したり、検証したりするBLOGではないことは確かなことです。ええ!確かなことですとも!
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CD1:
◈Johannes Brahms: Violin Concerto in D major, op.77
Thomas Zehetmair (Vn)
Cleveland Orchestra / Christoph von Dohnányi
(Rec. October 1989, Masonic Auditorium, Cleveland)
◈Max Bruch: Violin Concerto No.1 in G minor, op.26
Joan Field (Vn)
Berliner Symphoniker / Rudolf Albert
(Rec. 1958?)
◈Ludwig van Beethoven: Romance No.1 in G major, op.40
Deutsche Kammerphilharmonie Bremen / Tomas Zehetmair (Vn)
(Rec. March 1990, Saal der Deutschen Bank, Frankfurt)

CD2:
◈Pyotr Ilyich Tchaikovsky: Violin Concerto in D major, op.35
諏訪内 晶子 (Vn)
Moscow Philharmonic Orchestra / Dmitri Kitaenko
(Rec. 7 July 1990, Hall of Moscow Conservatoire) Live Recording with Applause
◈Felix Mendelssohn: Violin Concerto in E minor, op.64
Joan Field (Vn)
Berliner Symphoniker / Rudolf Albert
(Rec. 1958?)
◈Ludwig van Beethoven: Romance No.2 in F major, op.40
Deutsche Kammerphilharmonie Bremen / Tomas Zehetmair (Vn)
(Rec. March 1990, Saal der Deutschen Bank, Frankfurt)




「究極のヴァイオリン協奏曲集」と称してテルデック・レーベルが自慢の音源をカップリングした2枚組のアルバムです。

最初に収録されているのは、ヨハネス・ブラームス(Johannes Brahms, 1833-1897)のヴァイオリン協奏曲です。パブロ・デ・サラサーテが弾くマックス・ブルッフ(Max Bruch, 1839-1920)のヴァイオリン曲を聴いたブラームスは、ブルッフの作品以上のものが自分にも書けるということで、1878年にこのヴァイオリン協奏曲を作曲しました。作曲に当たっては、ヨーゼフ・ヨアヒムを技術上の助言者に据えましたが、ブラームス自身弦楽器の技術に精通しており、必ずしもヨアヒムの助言通りに曲を書かなかったようです。ヨアヒムはブラームスがヴァイオリン協奏曲を書いてくれるということで、再三にわたってブラームスに助言し、ブラームスが曲を完成させる前から自分でカデンツァを用意していました。このヨアヒム作のカデンツァは、ソリストに特にこだわりがない限り、標準的に採用されており、本CDでも、このヨアヒムの作が使われています。初演は1879年の元旦にライプツィヒでブラームスの指揮とヨアヒムの独奏で行われました。ブラームスはライプツィヒについて自分の作品を評価してもらえない場所というイメージを持っており、当初はライプツィヒでの初演に難色を示していました。しかしヨアヒムは、そんなブラームスを説得して押し切り、その結果大成功を収めています。なお、ブラームスは、実のところサラサーテにも作品を取り上げてもらいたかったらしく、改めてサラサーテに楽譜を送っています。しかしサラサーテは、第2楽章について「オーボエがメロディを吹いている間、どの面を下げて突っ立ってリャいいんだ」とコメントしたように、オーケストラ優位の構成に不満を表明し、全く演奏しようとしなかったとのことです。
本CDでは、この曲はトーマス・ツェートマイヤー(Thomas Zehetmair, 1961-)の独奏とクリストフ・フォン・ドホナーニ(Christoph von Dohnányi, 1929-)の指揮するクリーヴランド管弦楽団の伴奏で収録されています。ツェートマイヤーはオーストリアのヴァイオリニスト。マックス・ロスタルとナタン・ミルシテインの薫陶を受け、1978年に母校モーツァルテウム音楽院が主宰するモーツァルト国際音楽コンクールで優勝を果たして名声を得た人です。
伴奏指揮のドホナーニは、ハンガリー出身の祖父を作曲家に持つドイツの指揮者。元々は法律家として父の後継を目指していましたが、音楽好きが嵩じてミュンヘン音楽大学でピアノ、作曲と指揮を学び、渡米してレナード・バーンスタインの薫陶を受けています。1952年にゲオルク・ショルティのアシスタントとしてフランクフルト歌劇場に務めるようになってからメキメキと頭角を現し、ドイツ各地の歌劇場の音楽監督を歴任して指揮者としての名声を確立しました。1984年にクリーヴランド管弦楽団の首席指揮者に就任し、ジョージ・セル以来となるオーケストラの黄金時代を築き上げました。
ツェートマイヤーは、交響曲のようなこの協奏曲の性格を生かし、オーケストラの一部のようにうまく溶け込んでいます。ドホナーニの指揮するクリーヴランド管弦楽団は、ドイツ・ロマンティークとしての思い入れを排し、合理的かつ効果的な音響構築でスマートに聴かせることを信条とします。第1楽章冒頭のオーケストラの咆哮も見事なバランス感覚で、不必要に叫ばない手際良さがあり、ツェートマイヤーが聴き映えする余地を残しています。第3楽章では、ツェートマイヤーの技巧の切れ味の良さとドホナーニの整理整頓された響きがうまく組み合わさり、爽快感を生みだしていますが、第2楽章は、もう少し独奏の節回しに積極的な意味づけがあってもよかったかもしれません。なにはともあれ、あまり思い入れを添加せず、作品自体に作品の良さを語らせようとする本演奏のアプローチは、その完成度の高さから称えられることでしょう。
続くマックス・ブルッフ(Max Bruch, 1839-1920)のヴァイオリン協奏曲第1番は、ブラームスの作品同様にヨアヒムが助言者として関与している作品。元々はマンハイム歌劇場のコンサート・マスターのヨハン・ナレット=ケーニヒを助言者にして1866年に作曲し、その年のうちにオットー・フォン・ケーニヒスロウを独奏者に立ててコブレンツで初演しました。しかし、初演を指揮したブルッフ自身が作品の出来栄えに不満を示し、ヨアヒムに相談を持ちかけたことで、ヨアヒムのアドバイスに基づいた改訂が行われ、それが現行版になりました。
本CDに収録されている演奏は、ジョーン・フィールド(Joan Field, 1915-1988)の独奏とルドルフ・アルベルト(Rudolf Albert, 1918-1992)の指揮するベルリン交響楽団によるもの。
フィールドはアメリカのヴァイオリニストで、ジュリアード音楽院のフランツ・クナイゼルの下で学びました。アルバート・スポールディングやミシェル・ピアストロらの薫陶も受けた彼女は、パリにも留学し、ジャック・ティボーやジョルジェ・エネスクらの指導を受けています。19歳からニューヨークで演奏活動を開始し、1937年にはホワイト・ハウスでフランクリン・ルーズベルト大統領臨席のリサイタルを成功させて注目を集めました。1965年に突然引退したため、商業録音は数えるほどしかありません。
アルベルトは、ドイツの指揮者ですが、本職は作曲家と考えていたらしく、あまりオーケストラの要職にはこだわりませんでした。オリヴィエ・メシアンらと親交を結び、同時代の作品解釈に強みを発揮しましたが、19世紀以前の作品でも手堅い解釈でしっかりとした演奏を残しています。
本演奏でのフィールドの独奏は、あまり作品の感情面には耽溺せず、正確なテクニックで割り切ってスイスイと進むスタイルをとります。ヴィブラートのかけかたなどは常套的ではあるものの、メロディ・ラインを歌い上げるわけではなく、基本的にタメを作っていないので、素っ気なく感じることでしょう。第2楽章は、棒読みになるスレスレのところを楽しんでいる風でもあります。両端楽章は、アルベルトの指揮によるオーケストラがダイナミックに鳴らし、雄弁にヴァイオリン独奏を煽っていますが、フィールドの独奏は、アルベルトの弾力性に富んだリズムには充分に応えながら、楽譜に書かれた以上のことはしないという信念を貫いているようにも聴こえます。このため、ドラマティックさと一本筋の通った論理性が同居し、聴き疲れのしない、不思議な魅力のある演奏に仕上がっています。

ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(Pyotr Ilyich Tchaikovsky, 1840-1893)は、1877年にアントニーナ・イヴァーノヴァ・ミリューコヴァと結婚するも、その年のうちに破綻しています。チャイコフスキーは入水自殺を図り、精神的痛手を癒すべく、1878年からスイスやイタリアを巡っていました。ここで演奏されるヴァイオリン協奏曲は、その1878年に作曲された作品で、チャイコフスキーにとって唯一のヴァイオリン協奏曲になりました。この曲が手掛けられる動機となったのは、クラランで静養していたチャイコフスキーの元に友人のイオシフ・コテックが訪ねてきたことです。コテックは、チャイコフスキーにエドゥアール・ラロのスペイン交響曲の譜面を見せ、チャイコフスキーは、その作品に刺激されて、コテックを助言者にして一気呵成に作品を書き上げました。出来上がった作品は、コテックの手に余ったため、チャイコフスキーは、ロシア随一のヴァイオリンの名手だったレオポルト・アウアーに献呈するという話で初演を依頼しています。しかし、アウアーは演奏不可能の烙印を押して演奏を拒否し、ロシア国内では初演が出来ない様に根回しをしてしまいました。そこで、ウィーン在住のアドルフ・ブロドスキーに白羽の矢が立てられ、ブロドスキーの独奏とハンス・リヒターの指揮するウィーン・フィルハーモニー管弦楽団によって1881年に初演されています。ただ、指揮者のリヒターが作品を気に入っておらず、散々な結果に終わっています。しかし、作品に惚れ込んだブロドスキーはことあるごとに何度も演奏し、結果として名曲と見なされるようになりました。この趨勢にアウアーはチャイコフスキーに謝罪し、自らもレパートリーに加えましたが、チャイコフスキーは、結局ブロドスキーに作品を献呈しています。
本CDに収録されている演奏は、諏訪内晶子(Akiko Suwanai, 1972-)による1990年のチャイコフスキー国際音楽コンクール優勝時のガラ・コンサートのライヴです。諏訪内は江藤俊哉門下のヴァイオリニストで、1989年にエリザベート王妃国際音楽コンクールで第2位を獲得しています。チャイコフスキー国際音楽コンクールでの史上最年少の優勝でセンセーションを巻き起こした彼女でしたが、その後ジュリアード音楽院に留学してドロシー・ディレイやチョー・リャン・リンの指導を受け、ベルリン芸術大学でウーヴェ=マルティン・ハイベルクにも師事するなど、自己研鑽に励み、1995年まで演奏活動を休止していました。
本録音の伴奏は、ドミトリー・キタエンコ(Dmitri Kitaenko, 1940-)の指揮するモスクワ・フィルハーモニー管弦楽団です。キタエンコはモスクワとレニングラードでレフ・ギンスブルクらに学んだあと、ウィーンに留学してハンス・スヴァロフスキーに師事し、1969年にカラヤン国際指揮者コンクールで第2位を獲得しています。1976年からキリル・コンドラシンの後を継いでモスクワ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者となり、本録音の年にフランクフルト放送交響楽団(現:hr交響楽団)の首席指揮者に転出しています。
本演奏は、コンクール終了後の演奏会ということもあって、コンクールでファイナリスト達の伴奏を受け持ったオーケストラは、やや疲弊気味です。オーケストラに関して言えば、第1楽章からナチュラル・ハイの状態で音が軽く、一歩間違えれば空中分解するような脆さがあります。第2楽章では、その疲弊の度合いが音楽のリアリティに繋がっていますが、作品の本質を突いた演奏かどうかは疑問です。諏訪内の独奏も、オーケストラ同様にナチュラル・ハイの状況かと思われますが、オーケストラほどに曲にうんざりしておらず、溌剌とした演奏に仕上がっています。第1楽章など、オーケストラを牽引せんばかりの勢いがあり、第2楽章でも独奏が音楽の凝集性を高めています。第3楽章は猛烈なスピードでスリリングな演奏を繰り広げていますが、オーケストラのほうがバテてしまっています。オーケストラに関しては、後日改めて仕切り直せば完成度が上がったものと思われますが、諏訪内の独奏に関しては、コンクール優勝直後の興奮が音楽に勢いをつけており、後年の録音では聴くことのできない真っ直ぐさが魅力と言えるでしょう。

フェリックス・メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn, 1809-1847)の書いたホ短調のヴァイオリン協奏曲は、1838年に着手された作品。ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の音楽監督として多忙を極めたメンデルスゾーンは、思うように作曲の時間が取れなかった上に、推敲に推敲を重ねたため、完成までに6年の歳月を費やしました。作曲に当たっては、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサート・マスターでメンデルスゾーンの親友だったフェルディナント・ダヴィットに技術上の助言をもらい、1845年の3月13日にライプツィヒで行われた初演ではダヴィットが独奏を務めています。この初演では、メンデルスゾーンが体調を崩したため、ニルス・ゲーゼがタクトをとっています。この頃から、メンデルスゾーンは過労で体に変調をきたすようになり、1847年に姉の訃報のショックから脳疾患を引き起こして亡くなってしまいました。
この協奏曲の特徴的な点は、第1楽章と第2楽章を繋げた点にあります。第3楽章冒頭も第2楽章の雰囲気を引き継ぎ、各楽章の分断を牽制しています。メンデルスゾーンが活躍していた頃は、交響曲であろうが協奏曲であろうが、楽章をつぎはぎして、間に別の曲を混ぜるようなプログラミングが主流でした。メンデルスゾーンは、親友のシューマンらと共に楽章をアタッカで繋げる試みを繰り返しており、今日的な演奏会のプログラム構成の土台を作り上げることに貢献しました。
本CDでは、ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番で共演したフィールドとアルベルトのコンビの録音が収録されています。このCDのクレジットでは、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が担当していることになっていますが、これは明らかに誤りで、ブルッフと同じ時期に行われたベルリン交響楽団のセッションです。
フィールドのヴァイオリンは、出だしこそ歌い回しに安定感を欠きますが、すぐに持ち直し、しっかりと手応えのある演奏を展開しています。第2楽章の髪に軽くソバージュをかけたようなヴィブラートが独特の味わいを持っています。アルベルトの指揮も堅牢で、勢いに流さないずっしりとした響きでいぶし銀の伴奏を聴かせます。第3楽章でも、軽やかなヴァイオリンの勢いを殺さず、随所で重心の低い響きで色をつけており、とても充実感のある音楽に仕上がっています。

この2枚組のCDセットの末尾には、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven, 1770-1827)のロマンスが一曲ずつ配置されています。最初のCDに収録されている第1番のロマンスは1802年の作と推定されています。2枚目のCDに収録されている第2番のロマンスが1798年ごろの作品とされており、作曲の順番と作品番号が逆転しているのは、出版社の都合によるものです。この2曲は何のために作ったのかはっきりしておらず、いつ初演されたかも確証が取れていません。両曲とも親しみやすく美しいメロディで構成されており、ヴァイオリニストの音色の美しさの試金石のような作品でもあります。
演奏は、前出のツェートマイヤーがブレーメンのドイツ・カンマー・フィルハーモニーを弾き振りしたもの。ツェートマイヤーのヴァイオリンは特に高音が麗しく、第2番のロマンスが出色の出来栄えです。

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